蟲文字

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 今日も暑かった。  家に帰ってエアコンをつけたのに冷たい風が来なかった。  なぜだ。どうしてだ。故障しているのか。ありえない。俺はここで熱中症になって死ぬ。きっとそうだ。  いや、待てよ。そこまで暑いか。夜になった今は気温が下がっているのかもしれない。窓を開けたらひんやりする風が入り込んで来た。助かった。生き返る。  そうだ、本でも読もう。  本を取り出してベッドに仰向けになり本を開く。  んっ、気のせいだろうか。誰かの視線を感じる。心地よい風の入ってくる窓の外に目を向けたが誰もいなかった。いるわけがない。ここは二階だ。気のせいだろう。  同僚の女の子が貸してくれた本だ。本好き同士気が合うし、好かれていることはわかっているけど、俺には彼女がいる。申し訳ない気持ちはあるが、そのことは正直に伝えてある。同僚の女の子も納得してくれた。恋人ではなく同僚として付き合おうと理解してくれた。 「暑い夏にはホラーが一番」  笑顔でそう手渡してくれた。その笑顔にホッとした。落ち込んで会社を辞めてしまうかと思っていたから。  ホラー小説か。『蟲文字(むしもじ)』ってどんなのだろう。  読み進めると少しだけ気温が下がった気がした。  ちょっと気持ち悪さを感じるけど妙に引き込まれる物語だ。登場人物の狂った女には震えがくる。  あれ、なんだか変だ。目が霞む。今日の暑さにやられてしまったのだろうか。今頃疲れが出てきたのだろか。市販の目薬をつけてふたたび本を読みはじめる。  ドクンと心臓が跳ね上がる。  本の文字が動いて見える。ありえない。目が霞むどころの話ではない。これは幻覚だ。かなり疲れが溜まっているようだ。本を読むことをやめようと思ったのになぜか身体が動かない。目も本から離せない。  おいおい、どうなっている。  文字が(うごめ)いている。まるで蟲のように。  あっ、これは……。嘘だろう。  ある文字が徐々に大きさを増していく。文字が意志を持っているかのように蠢いていたかと思うと突然動きを止めた。  その文字をゆっくりと読んでいく。
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