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story 157 邂逅
気が付くと、暗闇の中に居た。
ここには何もない。
暗闇の中では周囲は愚か、自身の手足さえ見えなかった。
いや、感じないのだ。
そこにあるはずの気配もなにも。
一体ここは、どこなんだ?
そう考えても、何も分からない。
そのうち考えているのも馬鹿らしくなってきて、俺は考えることを放棄する。
もし暗闇の中にいると仮定して、俺はここから動く気もなかった。
どうせ進んだって、闇しかないだろう。
それに、もうどうにでもなれという思いもあった。
目を閉じても、何も聞こえない。
ああ、これからここで過ごすのかと、そんなことを漠然と思った。
どのくらい経ったのだろう。
暗闇の中で目を瞑っていたはずなのに、本当にそうしていたのか疑問になるくらい、目を開けて見ても変わらない闇がそこにある。
時間さえそれが数秒の出来事か、何時間経ったのかも分からない。
でもそうしているうちに、誰かの声が耳に届いた。
「永治、」
振り返ると、そこには母さんの姿があった。
こんなところで、どうしたの?
なんて、そう微笑む母が。
気が付けば、小さな自身の手足が視界に映る。
ああ、母さんは俺を迎えにきたんだ。
そう思った。
でも、どうしてだろう。
一緒に暮らしているはずなのに、その見慣れた笑顔を酷く懐かしく感じてしまう。
「さあ、家に帰りましょう?」
母さんは、そう言って俺の手を掴んだ。
でもその瞬間、背中にぞくっとするような冷たさを感じてしまう。
その冷たさに驚いて、俺はその手を振り払ってしまった。
「どうしたの?」
母さんは、そんな俺を不思議そうな目で見ていた。
俺自身、一瞬感じたその感覚が不思議でならない。
もう一度、母が手を伸ばす。
でも、今度は何も感じなかった。
冷たさも温かさも。
俺は母に引かれて、暗闇の中を歩いた。
でも歩いても歩いても一向に、家は見つからない。
「母さん?」
俺は、何度か母に声を掛けてみたが、母さんは何も言わずに進み続ける。
暗闇の中で、進んでいるのかも戻っているのかも、分からなかった。
そして俺は気が付いた。
ずっと歩き続けている中で、聴こえてくる音が自身の足音"だけ"だということに。
俺は、さっきの悪寒を再び感じて、再び母の手を振り払った。
母さんの足が止まる。
「どこに行くの?」
俺が問いかけると、やっと母が振り返った。
でも、俺はその顔を見て絶句した。
そこにあったのは、母親ではなく、殺したはずのあの男の顔だったから。
「いいから、こい!」
男が俺の手を、力の限りに引っ張る。
並大抵の力じゃなかった。
まして子ども自分には、到底かないっこない。
このまま連れて行かれるのか。
そう、思った瞬間に、
『ダメっ!』
どこからか声が聞こえてきた。
誰か、女の子の叫び声。
俺はその声を、彼女のことを、知っている。
そう思った瞬間、自身の体は大きく成長していた。
気味が悪いその悪夢から逃げ出すために、渾身の力を振り絞って、奴の手を振り払う。
そして、なんとか手がすり抜けた瞬間に、俺はその場から駆け出した。
でもその悪夢は、そう簡単に俺を逃がしては、くれなかった。
分からないけれど、後ろから何かが追いかけてくるのが分かる。
母でもあの男でもない"何か"が。
でも俺には、振り返ってそれを確かめる余裕なんて無かった。
きっと振り返って、その正体を見たら、あっという間に捕まってしまう。
そんな予感があった。
そしてどのくらい、逃げたのだろう。
まだ背後にいるかもしれない、何か。
それらから目を背けるように走り続けた。
どこに向かっているのかも分からない。
ひたすらに漠然とした広大な暗闇が広がっているだけ。
もうここからは、出られないのでは、ないかとさえ思った。
でも、
『待ってるから、貴方が目を覚ますまで。』
再び、女の子の声が聴こえてきた。
それは、さっきあの何かに捕まりそうになった時にも、聴こえてきた声。
優しくて温かくて、愛おしい誰かの。
俺は、声のするほうに歩き出した。
待たせている子がいる。
きっと泣きながらも、俺のことを待っていてくれている。
それを思い出したから。
『結椏』
俺の大切な女の子。
そうして、俺は長い長い暗闇を彷徨った。
いつ辿りつくのかも分からない。
歩くのをやめたくなった時もあったが、でもその度に彼女の声が脳内に焼き付いて、自身の体なのに足を止めることが出来なかった。
やっと光の当たる場所を見つけて、駆け出す。
光の中に入った瞬間に自身の体が、光に透けていくのが分かった。
そうして目が覚めた時、目に映ったのは光沢のある白い天井だった。
先とは反対に、今度は光の中にいるようなそんな感覚。
夢は、悪夢だったとはっきり分かるのに、その内容は、何も覚えていなかった。
そして辺りを見渡す俺の視界に、今度は髪の長い女性の姿が映る。
彼女は、誰だ?
女は、驚きと信じられないような目で、俺のことを見ていた。
その瞳からは、今にも零れ落ちそうな涙の気配を感じる。
泣きそうな女の顔を見て、それがいつかの彼女の姿と重なった。
ああ、結椏だ。
そう確信した瞬間、
「おかえりなさい、永治くん。」
そう言った彼女に、抱きしめられた。
最初は、反応できずに彼女を見返していたが、
「ただいま。」
そう言って今度こそ思い切り、彼女を抱きしめるのだった。
thanks for you
>>END
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