story 148

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story 148

彼を想う、この気持ちを何と呼んだらいいのだろう。 恋というものが、ただ純粋に好きだと想う気持ちなのなら、この感情は恋じゃない。 でも愛というには、あまりにも危うい。 恋というにも愛というにも、この感情は難しすぎた。 「病院?」 思わず立ち上がってしまった私に、そとだけ答える大空くん。 隣の西園寺さんが、そのレジスタンスとやらで、抑えた病院ってことでしょとそう教えてくれた。 白い部屋とどこかツンとした匂い。 これは、病院独特の薬の匂いだったんだ。 「会わせてあげてもいいけど、」 どうする?とそう大空くんが、上目遣いに私を見上げて聞いてくる。 「会いたいです。」 私は彼の言葉に、間髪居れずに答えた。 「ちぇっ、つまんないのー。」 大空くんは、そう言っていたが、でもその顔は笑っていた。 西園寺さんに関しては、 「当然よ。ここまで来て、会わないなんて言ったら、私がぶっ飛ばしてたわ。」 と恐ろしいことを言っていた。 大空くんは、こえーよと言い返して、私もそれに苦笑いをしてしまう。 やっと会える。 その気持ちだけで、もう何もいらないと、そう思っていた。 大空くんと一緒に真っ白な部屋から出ると、今度は真っ白な廊下が続いている。 さっきのレジスタンスの仲間だという人達は、もうそこには居なかった。 私と西園寺さんは、大空くんの後に続いて、永遠に続くかと思う世界を歩いていく。 どこもかしこも、同じような景色。 窓もなければ、時々ぽつぽつと部屋と思われる扉が現れては、消えていった。 靴音だけが私たちの存在を表している。 目的の部屋に着くまでは、誰も何も喋ることは無かった。。 「ここだよ。」 大空くんは、とある扉の前で立ち止まると、そう告げた。 その扉も他の部屋と同様に、特に変哲もない白い扉。 そこで彼は、ああ、鍵は開けてあるから、と言って踵を返し始めた。 え?と、思った時には、ちょっと!と言う西園寺さんの声が耳に届く。 いいからと言って彼女を半ば、引きずって行く大空くんは、気を利かせてくれたのだと分かるけれど、扉の前に一人佇むと、急に不安がこみ上げてきた。 彼は生きていたのに、どうして会いに来てくれなかったのか。 最初の頃に考えていた不安が、今のこの時になって、いっきに押し寄せてきた。 きっと色々と事情があったと思う。 病院にいるのだ、怪我をしているのかもしれない。 まだ治っていない傷が、あるのかもしれない。 それでもせめて、生きていることだけでも教えて欲しかった。 そんな自分勝手な感情が、胸の中に沸き出てくる。 少し前までは、生きていてくれれば、それでいいと思っていたのに。 もし会わないと言われたとしても、帰ればいい。 無事を確認できたら、十分だとさえ。 それなのに、 彼らのほうを振り向いて見れば、分かったわよと西園寺さんが彼の行動に降参して、大空くんの後ろを歩き出そうとしていたところだった。 私は、そんな彼の背中に声を掛ける。 「あの、」 大空くんは、私の声に気付いたようで、西園寺さんと一緒に振り返った。 「彼は、私に会いたくない、とか、」 言ってましたか?と、口にだしてしまうのも震えるくらいに、不安になる言葉。 このまま会いに行けば、わざわざ聞かなくても分かることだ。 でも会いに行って拒絶されたら、本当のところどうしたら良いのか、分からなかった。 もし会いたくない、と言われたら? だから迎えに行かなかったと、そう言われたら? 今度こそ、もう立ち直れないかもしれない。 そんな私の姿に、彼の隣に居た西園寺さんが、呆れたように口を開くのが見えた。 その時、 「ばーか!」 急に大空くんの、罵声が飛んで響いた。 「会いにいけるなら、とっくに会いに行ってる。」 大空くんは、どこか苛立った様子でそう言った。 彼は、また後で来るからと言って、今度こそ西園寺さんと一緒に消えてしまう。 大空くんがどういう意味で、それを言ったのかは、分からない。 それでも、その言葉は私の心に響いた。 彼の言葉を胸に閉まって、私は真っ白な扉に向き直る。 そして扉を開けると、そこには、 「永治、くん?」 ベットに横たわり、機械に繋がれた彼の姿があった。 久しぶりに見た彼は、髪も伸びて顔つきも思い出す顔とは、どこか違っていた。 頬がこけてやせ細った顔には、呼吸器がつけられている。 腕には、点滴の管。 心拍も測られているようで、機械からはピッピッといった電子音が聞こえていた。 生きてる。 思わず、ベットに駆け寄った私。 柵につかまると、ベットがギシッと音を立てた。 「やっと、会えたね。」 涙する私の傍らで、それでも彼の目は、固く閉ざされていた。
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