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story 149
「おはよう、永治くん。
今日は天気が良いから、お散歩日和だよ。」
「・・・・・・」
返事代わりのように、すーすーと呼吸器の音が聞こえる。
ああ、今日も生きていてくれる。
それだけでと、思うしかなかった。
彼は、意識不明のままずっと眠っている日々が続いている。
あの日、彼との念願の再会を果たした私だったが、安堵したのも束の間、
「永治くん。起きて、ねえ...」
肩を揺すっても手を握っても、彼が目を覚ますことは無かった。
どうして彼がそんな状態でいるのか、分からない私の前に、
「あんたでも、奇跡は起きないか。まあ、分かってたけどね。」
そんな声が、室内に聞こえてくる。
振り返ると、入り口に佇む大空くんと彼の後ろで俯く西園寺さんの姿が見えた。
西園寺さんは、何かに怯えるかのように腕をぎゅっと抱き寄せている。
先の大空くんの口ぶりからも、彼は何かを知っているのだと感じた。
「どういう、こと、なんですか?」
「そう、怖い顔すんなって。言っとくけど、俺が何かしたわけじゃないよ。」
「それは、分かってます。でも、」
「永治は、あんたと別れたあの日から、意識不明のままだ。」
ただそれだけのことだよ、と大空くんは彼の枕元まできて呟いた。
大空くんの手は、ズボンのポケットに入れられていて、その目は永治くんの顔をじっと捉えている。
傍らで、ただその事実に驚くだけの私とは違う。
私がいなかった彼との時間を過ごしてきた大空くん。
口ぶりは軽いものだけれど、その表情の端々から、残念そうな感じが読み取れた。
「意識が、戻らない?」
「ああ。」
彼は一度目を伏せると、私に向き直って、話をしてくれた。
医者の話だと、多量の出血により、彼の心臓は一度止まりかけたそうだ。
でも僅かな心音を頼りに、蘇生措置が行われて再び息を吹き返した。
そうして何度目かの峠を越えて、肉体的には安心できるところまでに回復する。
だが、どれだけ経っても彼が目を覚ますことは、無かった。
医者もこればかりは、どうにも出来ないとそう言ったらしい。
「いつ起きるかは、分からない。
何年後かもしれないし、明日かもしれない。
それどころか、このまま目を覚まさない可能性だってある。
医者はそう言っていたよ。」
「そん、な、その医者が言ってることは、本当なんですか?
他の病院とか、もっと何か別に方法が、」
私は、彼の言葉にショックを受けていた。
だからすぐに納得なんて出来なくて、思わず確かめるように彼に詰め寄ってしまう。
大空くんは、そんな私を微動だにせずにただ見ていた。
どこか悲しそうな目で。
「難しいわ。」
何も答えない大空くんの変わりに、背後にいた西園寺さんがそう言った。
「翔が連れてきた医者は、もとは組織にいたはぐれ医者なの。私も知ってる奴よ。
確かに変わり者だけど、腕は優秀。
そいつが言うのなら、まず間違いない。」
その声色は、私同様に信じたくないとそう言っているかのように聞こえた。
でも声はそうであっても、言葉では、その現実を認めてしまっている。
そしてそんな私たちに、大空くんが追い討ちをかけるように、こう告げた。
「仮に意識が戻ったとしても、脳に酸素がいかなかった時間もあって、何らかの後遺症も考えられるし、寝たきりの時間が長ければ長いほど、筋肉も何もかもが、衰えていく。
もうもとのようには、過ごせないかもしれない。」
「そん、な、」
「もしかしてあんたの声を聞けば、目が覚めるとかも思ったんだけど、さ。」
そう言って切なそうにする大空くんに、これがどうしようもない現実なのだと悟った。
私は、ぺたりとその場に座り込む。
足に力が入らなくて、その場に経っていることすら出来なかった。
誰もが、しばらく何も言葉を発することが出来なかった。
沈黙と絶望の空気。
でもそんな中で、大空くんが一呼吸置いて、口を開く。
「この呼吸器や機械は、今の永治の生命装置でもある。
....でもあんたが諦めるっていうなら、今すぐ外したって構わない。」
私は、驚いて目を見張った。
視界には彼の足だけが映りこみ、彼が今どんな顔をしているのか、窺う余裕は無かった。
それにどうして彼がそんなことを言い出したのかも、分からない。
そんなことを言い出す大空くんに、
「それ、本気で言ってるわけ!?」
悲痛に叫ぶ、西園寺さんの声が耳に届いた。
永治くんの、生命維持装置を止める。
それは即ち、彼の死を意味するのだから。
やっと顔を上げて、大空くんのほうを仰ぎ見たが、彼は冗談では無いとでも言うように、真っ直ぐに私を見ていた。
永治くんが死ぬ?
そんなのは、それだけは、嫌だった。
やっとやっと会えたのに。
「ちょっと、まさか本気で言ってるわけじゃないでしょうね?」
畳み掛けるような西園寺さんの声は、驚きとともに徐々に激昂していった。
それもそうだろう。
でも大空くんは、西園寺さんのその様子を予想してたかのように、あくまで冷静だった。
「本気だよ。これは、冗談じゃない。」
ここは、レジスタンスの病院だし、法律なんか関係ない。
それにもともと俺らには、還る場所なんてないんだ。
どうなろうが、誰も困らないよ。
そう話す大空くんの言葉は、自身も含めてなのか自嘲気味だった。
「そんなこと、許さない。絶対絶対、許さないんだから!」
「...うるさいよ。」
劈くように西園寺さんの叫ぶ声が、室内に響く。
彼を殺すなんて、そんな選択を誰が出来るというのだろう。
私だってそんなの嫌だ。
どんな形であれ生きていれば、その先に可能性は、あるはずだから。
それでも残酷な選択肢を私たちに、示す大空くん。
永治くんを助けたはずの彼が、何故そんなことを口にするのか分からなかった。
混乱する思考の中で、
「この先は、あんた次第だよ。」
そう囁く彼の声が、耳に響いた。
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