story 150

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story 150

永治くんの生命装置を外してもいいと、そう話す大空くん。 私は、そんな彼に、 「嫌です。」 きっぱりと、そう告げた。 「だよね。まあ、そう言うだろうと思ってた。」 大空くんも、そんな私の答えを最初から分かっていたようだ。 後ろで西園寺さんが、どこかほっとした様子で息を吐く。 「でも、それも今だけかもしれない。」 え?と、思って大空くんのほうを見れば、彼は切なげに笑っていた。 「あんた、何を考えてるの?」 落ち着きを取り戻した、西園寺さんの声が聞こえてくる。 そんな西園寺さんに、 「梨華ちゃん、ちょっとだけ席を外してくんない?」 「はあ?」 大空くんは、可愛い顔でそう告げた。 もちろん彼女は、意味が分からないという顔をしている。 「永治のこと心配してるなら、手を出さないから大丈夫。」 「あんたね、あんな話を聞いた後で、納得できるとでも思ってるの?」 「まあね。じゃあ、従わないなら、外しちゃおうかな?」 「え?」 「なっ!」 彼の冗談だろうとも思える言葉に、私も西園寺さんも驚いていた。 でも彼女は、大空くんと向き合った後、 「...分かったわよ。」 そう言葉を返した。 何か、無言のやり取りが二人のうちに、あったのかもしれない。 さすがの西園寺さんも、渋々とした様子だったが、彼の言葉に従っていた。 去り際に、 「とにかく、私は認めないから。」 という言葉だけを残して。 彼女がいなくなったタイミングで、大空くんは、やれやれといった様子でくるっと振り返り、ベットに背を向けると腰を掛けた。 その行動がまるで、これから何かを語りだすという合図のように。 「少しだけ、昔話をしてあげるよ。」 「昔話?」 彼は、何を話すというのか。 「いいから。まあ、退屈な話だとは、思うけど。」 彼は、何かを語り始めた。 私は、そんな彼の行動もその言葉の意味も、何もかもが分からない。 ただ、きっと西園寺さんに聞かれたくない話だというのだけを除いて。 戸惑う私をよそに彼が語り始めたのは、幼い少年の話だった。 悲しくも寂しい、少年の話。 あるところに、まだ幼い男の子がいました。 彼は何不自由なく、幸せな家庭で過ごしていました。 でもある日、少年の母親が事件に巻き込まれて、大怪我を負いました。 その母親は、一命は取り留めたものの寝たきりになり、介護を必要としました。 意識もあったりなかったり、酷い時は、何週間も目を覚まさないこともありました。 でも少年は、懸命に母親の見舞いに行き、甲斐甲斐しくも世話を焼きました。 何もかもを投げ捨てて、介護をする息子。 でも母親は、何も変わりません。 そんな希望も見出せない毎日に、少しずつ少年は疲れ果てていきました。 そうして少年は、いつしか母親を重荷に感じるようになっていたのです。 そんなある日のこと、久しぶりに目が覚めた母親が、少年に悪魔の願いを口にしました。 私を殺して、欲しいと。 「どうして、ですか?」 最初は黙って話を聞いていた私だったが、母親の言動が分からずに、気が付けば口を開いていた。 そんな私を尻目に、彼も返答をする。 まるで小さな子どもに、説明をしてあげるかのように。 「母親は、気付いていたんだ。 このままだと一生、少年を牢獄に閉じ込めてしまうことに。」 そう淡々とした口調で、話した。 「もちろん少年は、嫌だと言った。 それでも母親も疲れていたんだろう。申し訳ないと言う気持ちもあった。 だから、彼を自由にするために、」 その手で、自身を殺させたんだ。 「それが少年の決断だった。 分かってるだろ?いつかなんて、美談でしかないんだよ。 この世界に奇跡なんてものは、存在しない。」 あんたは、永遠の愛のために、一生を捧げる気? 大空くんは、私にそう投げかけた。 私は、寂しそうに嗤う彼に何も言うことが出来ない。 それが、何らかの彼の現実だったと分かっているから。 そんな私に、 「別に今すぐってわけじゃない。そう言う選択もあるってこと。 ああ、梨華ちゃんのことだったら、気にしなくて良いから。」 彼はそう言って、今度は目も合わせずに廊下に出て行った。 私と永治くんだけが、再びその場に残されてしまう。 これから先、出口のない迷路を暗示しているかのように。 どこかで誰かが泣いているような、叫び声が聴こえた気がした。
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