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story 151
永治くんを殺す?
そんなことしたいわけじゃない。
彼の言う物語も分かる。
それでも、再び会えた彼を失うなんて、私には考えられなかった。
永治くんの傍に行くと、伸ばした手をそっと彼の頬に当てる。
少し冷たいけれど、それでも人としての温もりを感じられた。
その温もりに、彼が生きているという実感を得ることが出来る。
もしこの先に何があったとしても、出会ったことを後悔したくなんて無い。
その結果がどんなに苦しいものだとしても、裏切られた時、誰よりきつくても。
それでも、未来を信じたい。
私は、自身の決心を伝えようと大空くんの背中を追いかけて、廊下へと向かった。
最初から、答えなんて決まってる。
何があっても私は、彼の傍に居続けたいと。
その思いを抱えた先、曲がり角で、彼と西園寺さんの言い合いに出くわした。
言い合いと言っても、西園寺さんが一方的に大空くんに食って掛かっていて、大空くんは、それをどこか鬱陶しそうにしながら、彼女に答えていた。
「翔、あんた永治を殺す気なの!?」
「そうじゃない。」
「じゃあ、どうしてあんなこと!?」
「馬鹿女には、まだ幸せになれる道がある。俺たちにみたいに、罪を背負ってるわけじゃないし、人を殺したわけじゃない。」
「でも、永治を殺せって言ってるようなもんでしょ?」
「決定権をあげただけだよ。殺すのは、別に俺だって、出来るしね。」
「ふざけんじゃないわよ!?永治を殺したりしたら、許さないんだから!!」
大空くんの言う馬鹿女とは、もしかしなくても私のことだろう。
西園寺さんの声は、悲痛な叫び声になって、廊下に響いていた。
大空くんもこうなった彼女には、話しても無駄だと分かっているようだ。
とりあえず落ち着きなよ?と向き合っては、いるけれど、彼女が落ち着きをとり戻す様子は見られない。
「俺だって、永治には生きてて欲しいさ。でももしあいつだったら、そう言うんじゃないかって、そう思っただけだよ。」
彼女との会話が不毛だと悟ったのか、大空くんが胸のうちを告げると、先ほどまで喚いていた西園寺さんが、パタリと静かになった。
そして、彼がどうして急にそんなことを言い出したのかを私は、知ってしまう。
彼は、本当に私たちのことを心配してくれていた。
二人にとっての幸せを考えてくれたからこそ、あの話をしてくれた。
きっと彼にとっても、とても大切な話を。
そう思うと少しだけ心が温かくなる。
見守っていてくれる人がいる。
それは、とても幸せなことだと思う。
確かに彼が語った話通りに、背負うことも傍に居ることで傷つくことも、きっとあるんだと思う。
この先に、私の知らない苦労も涙も待ち受けているのかもしれない。
静かになった西園寺さんに、大空くんは、
「決めるのは、彼女だよ。」
そう言って切なそうに、笑っていた。
「まあ、大方の選択肢は、分かってるけどね。」
そう後に続く声も。
でもそんな彼の言葉と同時に、もう一つの悲しそうな声が廊下に響いた。
それは、私も予想だにしない言葉だった。
「翔、あんた、死ぬ気ね?」
え?
聞こえてきたその声に、思わず固まってしまう。
「いくらあんたでも、急すぎると思ったのよ。
本当は自分がいなくなるから、その前にあの子に選択を迫ったわけね。」
西園寺さんの言葉はそう続いていた。
これ以上話を聞いては、いけないと思い、立ち去ろうとしていた私だったが、まるで縫い付けられたように、その場から動けなくなる。
「別に、ちょっと居なくなるだけだよ。」
そう言葉を返す大空くんの声は、彼女の言葉を肯定しているに、違いなかった。
「清算したい過去があるんだ。」
「組織のボス。あんたの父親と何か、関係があるわけ?」
「さあね。これ以上は、いくら梨華ちゃんでも言えないよ。」
「復讐なの?」
「違げえよ。ただの我侭。」
地を這うような冷たい声で、二人の会話は続いていた。
「でも、無事に帰れるとも思ってない。」
「あら?随分弱気ね?」
「さすがに、相手が相手だからね。」
だから梨華ちゃん。
あいつらのこと、よろしくね。
大空くんの言葉はそう続いていた。
「永治は、ともかく、あんな子の面倒なんて見る気ないわよ?」
「親友なんでしょ?」
「そんなんじゃないわ。」
二人の会話は、いつの間にかいつもの会話劇に戻りつつある。
少しだけどこか、寂しげな雰囲気をかみ締めながら。
どこかお茶らけたようなやり取りの中、ふと西園寺さんが口を開いた。
「ねえ、あの子のこと、」
それは彼女にしては、珍しく躊躇するような声だった。
一体何を聞こうとしたのか。
彼女の言葉は、最後まで続かない。
それを言わせないとでも言うように、大空くんが口を開いていたから、
「さあ?なんのこと?」
彼は悪戯っぽく、まるで何かをはぐらかすように、嗤って言った。
彼女も、もうそれ以上は何も言わなかった。
「頼んだよ、梨華ちゃん。」
そうしてもう一度、繰り返すように彼は、言葉を残した。
まるで、そう願うかのように。
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