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story 152
私に頼む、ですって?
翔も酷なことを言う。
本人もそれを分かっているのだろう。
だからこそ念を押すかのように繰り返し、言っていた。
分かってる。
もし永治が目覚めたところで、私は傍に居られない。
二人の姿を見続けるという生き地獄。
それでも身を投じようと思ったのは、彼が愛した人だから。
...なんて、それこそただの業なのかもしれないけれど。
だから、お願いよ。
ハッピーエンドにしてあげて。
そう願わずには、いられなかった。
まだ細々と話をしていた二人を背にして、ようやく私は病室に戻ってきた。
静寂と機械音に苛まれながら、私は先の会話を思い返す。
本当なら、聞いてはいけないことだったと思うと、どこか後ろめたさも感じた。
でもその反面、胸のうちを知れて良かったとも思う。
誰の思いも何も知らずに、通り過ごしてしまうことは、もうしたくなかった。
きっとそうやって過ごしてきた日々が、たくさんあったはずだから。
「安心して、目を覚ましてね。」
永治くんが帰る場所は、ちゃんとあるから。
そんな思いをこめて、彼の手を握った。
その手の温もりは暖かかったけれど、決して握り返してくれることは、なかった。
廊下からの声もすっかりなりを潜めた後で、再び何事もなかったかのように病室に現れた二人に、私はその日のうちに自身の思いを告げる。
例え泣く日があったとしても、それでも彼の傍に居られる苦しみを選びたい。
もっとも諦めるという選択肢なんて、最初からなかったけれど。
それでも覚悟を決めた分、精一杯前を向ける気がした。
今度は、強がりなんかじゃない。
話が終わると、
「やっぱり、馬鹿女だ。」
大空くんは、そう投げ捨てるように呟いた。
わざわざそんな道を、選ぶとはねーと。
でも、
「あんたなら、そう言うと思ってたよ。」
同時に、そう笑って返してくれた。
西園寺さんも当たり前よ、なんて言っていたけれど、彼女の眼差しがどこか優しく感じるのは、気のせいじゃないはずだ。
それが前を向くことを決めた翌日の出来事。
その会話を最後に、私が大空くんの姿を見ることは二度となかった。
あの二人のやり取りが、現実となってしまったのだ。
「じゃあね、馬鹿女。」
明日もまた会えるような、そんな気軽さで大空くんは、私たちの前から姿を消した。
まるで、それがさよならの代わりであるかのように。
急に失うことだって経験していたはずなのに、まさかそれが彼との最後の会話になるなんて、私は、その時も後も気付くことが出来なかった。
お礼だってもっと言うことが出来たはずなのに。
どうかせめて、彼の行く茨の道が少しでも報われるものになって欲しい。
単純だけど、そう願ってやまなかった。
そして残されたこの場所。
ここは元はレジスタンスの隠れ家であり、病院として使われていた建物だ。
でもそもそもは、一時組織に属していたというある研究者の実験施設だったらしい。
研究のためだけに組織に属していたというその医者は、今はこの場に残って、彼の医者として、今もこの世界に彼を留めてくれている。
どうやら、それが組織を離れる際の大空くんとの契約だったらしい。
それを聞いて、やはり大空くん自身最初から彼を殺す気なんてなかったのだと思った。
彼は、やっぱり分かりにくい人なのだ。
元研究員という先生は、年を召された風格に似合わずに穏やかに話をする人だった。
研究が出来れば何でもいい、とよく口癖のように言っている。
組織に入ったは、いいものの、やり方が気に入らなかったと、そう零していた。
そんな組織に入っていたのが、不思議に思うくらいのあっけらかんとした人。
でも、永治くんの様態をよく診てくれているのは、分かった。
今はもう、この先生に頼るしかない。
そしてもう一人。
この場に残ってくれた西園寺さん。
彼女とは大空くんがいなくなった後も、時々病室に現れては、ぽつりぽつりと話をしていた。
といっても、もっぱら話す話題は、永治くんについてばかりだけれど。
もともと私たちの共通点がそれしかないのだから、それも仕方ないことだと思う。
それでも見守っていてくれる誰かがいることは、とても心強かった。
いや、誰かじゃない。
それは、彼女だからこそなのかもしれない。
「永治くん、西園寺さん来てくれたよ。」
「挨拶くらい自分で、言うわ。」
「そう、ですね。」
「様態は、変わらず?」
「はい。何も変わりません。」
「そう、」
永治くんの様態は何も変わらなかった。
体は生きているけれど、目は開かない。
この状態を私も彼女も良かったとは、言えなかった。
命の危機がないだけ。
でもそれも時間がかかればかかるほど、難しくなる。
意識が戻らないまま、時だけが過ぎていくような感覚だった。
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