story 153

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story 153

ねえ?君は今、何の夢を見ているの? 夢の中でもいいから、少しでも会えたら良いのにね。 そんな馬鹿ことを考えては、毎日彼が目覚めることを信じて、話し続けた。 天気のこと、ご飯のこと、懐かしい思い出のこと、思いつく限りのこと全て。 何か何でもいい。 少しでも彼の心に、引っかかればいい。 目を瞑っているけど、きっと彼には聞こえているはずだ。 それだけを信じて。 ひたすらに信じて。 そうしてあの火事から、一年の時が経とうとしていた。 「今日はね、お花を持ってきたんだ。良い匂いでしょ?檸檬の花だよ。」 「そう、君のつけてた香水と同じ匂い。」 「私は君の近くにいたのに、その匂いが何なのかも知らなかった。 西園寺さんが前に教えてくれたの。永治は、シトラスの香水をつけてるって。 あの匂いは、檸檬の香りだったんだね。」 そう話しながら、私は花瓶の中の花を取り替えた。 花瓶の中には前に飾った、ハーデンベギアという紫がかった花が入れられている。 でも時が経って、花も枯れてきてしまった。 ハーデンべギアの花言葉は、奇跡的な再会、運命の出会い。 でも、そんなの何の慰めにもならなかった。 私は、枯れてしまったハーデンベギアの花をゴミ箱へと投げ入れた。 彼は、起きない。 手を握っても、握り返すこともない。 そんなの、分かってたはずなのに。 果たしてこれが生きているといえるのか。 そう考えてしまうことがあった。 ふと呼吸器を外したらという、大空くんの言葉が聞こえてくる時も。 「それだけは、嫌っ!」 私は、その声を掻き消すかのように声を張り上げる。 再び静寂を取り戻した室内では、彼の心音を知らせる機械の音だけが、聞こえていた。 彼は、まだ生きている。 私は、そっと永治くんの胸に頭をのせた。 心臓部には、心音をとるための機械がついているので、それが外れないように、気をつけて頭をのせる。 こうしていると不思議と安心できた。 彼が生きているということを、肌で実感できるからだろうか。 その安心感からか、私は彼の胸上で眠ってしまう。 そういえばあの倉庫でも、何度かこうやって彼と身を寄せ合った。 彼の腕の中で、温もりに包まれて。 そして久しい温かさとまどろみの中で、私は昔の夢をみる。 それは私と永治くんが、まだ出会う前の夢だった。 目を開けると、私はランドセルを背負っていた。 小さな手に、小さな足。 どうやら小学生の時の夢のようだ。 まだ夢だと自分でそう認識できるあたり、浅い眠りの中にいるのかもしれない。 背中のランドセルがどうしてか、重く感じた。 この景色には、見覚えがある。 湿った空気と、どこか汗臭さの混じったような匂い。 小学生の頃、虐めにあっていた私は、その度に体育館裏へと逃げていた。 悲しくて辛くて、泣く仕方なかったあの頃。 でも、そんな体育館にいつからか先客がいることに気が付いた。 キュッキュッと軽快に響くシューズの音。 それと同時に、ダンダンと小刻みにボールが弾む音も聞こえてくる。 体育館には、いつも一人でバスケを練習する少年がいた。 汗を流して一生懸命にボールと向き合う姿が、キラキラと輝いて見える。 でもいつだって、彼は一人で練習をしていた。 彼がバスケ部にいるのか、それともただの遊びだったのかは、分からない。 昼休みになれば、何人かの男子がここで練習するのだという。 彼もその中に入っているのだろうか。 そんな彼の姿を見ているうちに、もし彼が今の私だったら、泣かずに立ち向かっているのではないかと思った。 そう考えるくらいに、あの時の彼がただただ真っ直ぐに目に映っていた。 彼の練習する姿は、私の憧れだ。 でもその少年は、私が泣き出すとバスケをするのを止めてしまう。 私のことに気付いていたのか、ただの偶然か。 今なら、前者だと分かるけれど、その時の私には分からなかった。 視界いっぱいに彼の姿が映る。 本当なら今すぐにでも彼の傍に行きたかった。 駆け寄って抱きしめて、この先の出来事を伝えたかった。 でも夢だからか、体は張り付いたように重くて、指一本さえ動かすことが出来ない。 その時の少年。 それは小学生の頃の永治くんだった。 もう一度目を開けると、今度はセーラー服が視界に入る。 どうやら中学の頃の夢らしい。 まるでタイムスリップをしているみたいで、変な感覚に陥った。 私が彼を認識したのは、中学に上がってしばらく経った頃。 もう虐めもほとんどなくなっていたが、それでも不器用な私は泣きたくなることが何度かあった。 独りになりたくないのに、一人になりたいとそう思うことも、多かったと思う。 でも、もう体育館裏には行けなかった。 中学校の体育館には、いつも誰かがいて、近付くことなんて出来なかったから。 それでも何度か行くと、バスケ部が練習している姿を見かけた。 男子も女子も、一生懸命。 きっとそれが今の彼らの青春なんだろうな、とそんな風にさえ思った。 そんな中で、シュートを決めて走り回る彼の姿を見つける。 もう顔つきも体つきもすっかり成長していたが、必死にコート内を動くその姿を見て、すぐにあの時の少年だと気が付いた。 ボールを持って楽しそうに動き回るその姿を、いつまでも見ていたいと思った。 まさか高校に入って、あんな形で再び再会することになるなんて、まだ知らなかった頃。 この先の受難を思うと、このまま時間が止まればいいのにと、そう願ってしまう。 再び目を開ける。 もしかして高校生になるのかと思ったが、私は小学生の姿に戻っていた。 そして目前には、先のように体育館でボールをリングに投げている"彼"がいる。 ねえ、永治くん。 私たち今、大変なことになってるよ。 夢の中だと分かっていながら、私は彼にそう言いたかった。
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