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story 154
接点なんて、それ以降だって普通だったら無かった私たち。
きっと彼はこの頃もその後も、私の名前は愚か存在すら知らなかっただろう。
気が付けば私は、体育館の中に足を踏み入れていた。
こんなこと現実でもしたことなかったのに。
彼は、私の姿に気づいてボールをつく手を止める。
ボールがころころと体育館の隅に、転がっていった。
「今日は、泣いてないんだね。」
「え?」
幼い彼の声が聞こえて、その顔を見れば、彼の真っ直ぐな目が私を捉えていた。
「知ってたんだ。泣いてたの。」
でも今日は、泣いてなくてよかったと彼は、そう言って笑った。
私は、彼が知っていたという事実に驚く。
でもこれは、私にとっての都合のいい夢なのだ。
だから私は、彼に向き合うと、
「私も知ってた。君がいつも練習してるの。」
そう言って返した。
彼も私の言葉に驚いたようで、目を丸くする。
その顔が可愛くて、思わずクスっと笑みがこぼれた。
彼は、そんな私を見て、君も知ってたんだと照れたように笑う。
こんな幸せが、あったのだとそう思った。
そうして今度は、再び中学生になる。
でもそこは、先のような体育館じゃなかった。
私は、誰かの家の中にいる。
薄暗くて小さな明かりが、居間だと分かる場所に心許なく灯っていた。
そんな中で、少年が誰かの上に馬乗りになっている姿がぼんやりと見える。
一心不乱に誰かを押さえつけている少年の姿には、見覚えあった。
バスケットボールを追いかけるその背中を、少し前まで見ていたはずの。
でもその背中には、何か言い知れない鬼気迫るものがある。
それに気付いた私は、
「ダメっ!」
思い切り、彼を押しのけた。
少年の体が動いて、横にずれて倒れる。
そして抑えられていた誰かが、苦しそうに咳をしていた。
よかった、間に合った。
その誰かが起き上がらないうちに、私は呆然とする彼の手を引いて、外に出た。
場所や人は違えど、映像の中で私は"それ"を一度目にしている。
あの時は、起こってしまった出来事で、見ていることしか出来なかった。
でも出来ることなら、止めたいとそう思っていた。
真っ暗な闇の中をぽつぽつと現れる外灯を頼りに、走りぬける。
風が肌に当たるのが、気持ちよかった。
そうして彼の腕を掴んだまま、走って走って。
もうどこをどう走ったのか分からなくなって、二人とも汗だくになった頃に私は足を止めた。
息が上がって、喋ることもままならない。
膝に手をついて、自身の呼吸と足の疲れを、癒そうとする。
そうしてそのままの姿勢で、彼の方を振り返ってみれば、彼は肩で息をしたままその場に立ち尽くしていた。
外灯の下、まるで舞台上のスポットライトのように、私たちを照らす。
彼は、ただ自分の手を見つめていた。
「大丈夫?」
私が、そう声を掛けると、
「ははっ、」
彼は笑い声を発して、片手を額に当てた。
今になって、先のことが蘇ってきたようだ。
「俺は、」
そう言って悲しそうに辛そうに、笑い声を発する彼に、私はもう一度言った。
「大丈夫。」
今度は、彼に尋ねるようにじゃなくて、しっかりと。
「殺してない。」
そう言うと彼は、うんと返事をした。
うんうん、とその事実をかみ締めるみたいに。
彼もきっと怖かったのだ。
私は、いつかの西園寺さんの言葉を思い出していた。
彼は、泣いている。
もう、どこにもいけないみたいに。
私は、そんな彼に近付いて、そっとその身体を抱きしめた。
彼は一瞬、驚いたように背中をビクつかせたけど、そのまま私の手を受け入れてくれた。
二人の影が重なる。
いつかのような月は無いけれど、月明かりのような外灯の明かりが、私たちを見守ってくれているような気がした。
そうして私は、再び目をあける。
長い長いタイムスリップが終わると、そこには病院服を着た永治くんがいた。
彼の上で眠ってしまった私の頭に手をのせて、穏やかな目でこちらを見ている。
私には、これが夢なのか現実なのか、分からなかった。
「永治、くん?」
でも問いかけて見ても、彼はただ優しく私を見ているだけで、何も応えてくれない。
「待ってるから、貴方が目を覚ますまで。」
待ってる、とそう告げた私に、
「ありがとう。」
と彼は、そう言った。
そうして今度こそ、目が覚める。
目を開ければ、そこには、変わらない病室と眠っている彼の姿があった。
「待ってるから。」
私は、もう一度彼にそう告げた。
永治くんの目は、悲しいくらいに閉じられたままだったけれど、気のせいか私には、夢の中で笑っていたように、穏やかな顔をしているように見えた。
そして、そう遠くない日。
髪も伸びて、化粧もするようになって、少しだけ大人になった私に奇跡が起きる。
いつものように病室に訪れて、彼に声を掛けると、彼の閉ざされていた目が、そっと開いた。
何も状況がつかめないまま、まだ夢の中にいるような彼。
でも、そんな彼に、
「おかえりなさい、永治くん。」
そう告げるのだった。
END
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