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ep:1 story 1
夏の強い日差しが、自身と大地を容赦なく照りつける。
朝から賑やかに大合唱をするセミを恨めしく思いつつも、私はバス停までの道を全力疾走していた。
間に合うかな。
急がないと遅刻しちゃう。
...ああ、自転車があればなぁ。
バスが出発するまで、後5分。
足の遅い私が全速力で走っても、間に合うかどうか。
そもそも、普段なら自転車通学の私がなぜバスに乗るのか?
それというのも、前日に不注意で鍵を落としてしまったからで、その日の放課後、思い当たるところを探してみたものの、結局見つからなかった。
今日も探す予定ではあるけれど、後は、落し物として届けられることを祈るのみだ。
キーホルダーもついてるし、誰か見つけてくれるといいな。
明日美に言えば一緒に探すと言ってくれそうだけど、テニス部のエースでもあり、部活が忙しい彼女には、言えなかった。
自分の不注意だ、自分で探すしかない。
とはいえ、帰りまでに見つからなければ、話すしかないのだけれど。
自業自得とはいえ、バスの時間の都合上、いつもより三十分以上早く起きないといけないのは辛かった。
睡魔には弱い私、気づけば危ない時間になり、急いで家を後にしたため、今日はこの有様だ。
「ハァ、ハァ......」
ププー。
バスはバタンと扉を閉めると、軽快に走り出した。
なんとか乗り込むことが出来たが、始業時間に間に合う最終バスのためか、バスの車内は学生で溢りかえっている。
ギリギリで乗り込んだ私に、周囲からの視線が突き刺さった。
私は座ることは諦めて、これ以上視線を浴びないように、空いたスペースで身を小さくする。
そうすれば、周りもすぐに興味をなくしたようだった。
鍵。
このまま見つからなかったらどうしよう...
ずっとバス通学なんてわけにいかないし、見つからなかったら、新しいの作ってもらうしかないよね。
お母さん、なんて言うかな。
そんなことを考えている間に、バスは曲がり角に差し掛かかる。
急勾配に右に大きく弧を描くこの道。
よく事故が起きやすい場所でもあるとか。
当然のごとく、バスも大きく傾く。
しかし考え事をしていた私は、そのことに気付かなかった。
傾きに気付いた時には、既に体が左へと流れていた。
ドンッ
当然のことながら、近くにいた人にぶつる。
それも、まるで私が体当たりをした形で。
ほとんどの人間がポールや手すりにつかまっているあたり、この坂は通学者にとっては、日常茶飯事なんだと思う。
ぶつかった相手が振り返る。
申し訳ないと顔を見れば、どこか見覚えのある顔だった。
それが誰なのかを気付いたと同時に、私は自身の血の気が引くのが分かった。
寝癖のような跳ねっけのある髪に、どことなく幼さを残した顔。
小さくとも運動神経抜群の男の子。
うちの学校では知る人ぞ知る有名人。
『 大空翔 』
そのかっこ可愛い姿から、男女共に人気があるのも頷ける。
私も何度か、グラウンドでサッカーをしている彼を見たことがあった。
たくさんの人に囲まれているその姿は、さながらまるでアイドルのようで。
見ているだけで、楽しそうな雰囲気が垣間見えた。
そして、あろうことかそんな人物に、私は体当たりしてしまったのだ。
「ごっ、ごめんなさい。」
すぐに謝罪の言葉を口にする。
謝らなきゃという私に、小さいと言いながらも自身よりも高い身長の彼と目が合った。
「あんた、」
「すみません!ごめんなさい!」
何度も何度も、謝罪を口にする私。
「いや、俺は平気だから。それより怪我はない?」
「は、はい。大丈夫です。」
「なら、よかった。」
彼は、そういって私に笑いかけてくれる。
その笑顔はまるで天使のようで...
こ、これが噂のアイドルスマイル!!
なんて、訳の分からないことを実感していた。
もしかしたら、人の多さは彼がいたからなのだろうか。
どこか賑やかそうな声も、思えば彼がいた方向からだった気がする。
そんな、あり得るのか分からない私の混乱を乗せて、バスは進んでいった。
ゆっくりとしかし確実に、正門前のバス停へと道を縮めて。
「なあなあ!さっきからパトカーの音が聞こえねえ?」
「ああ、やたらサイレンの音うるさいよな。事故か?」
「なあに?渋滞したら遅刻しちゃうじゃん。」
「電車みたいに、遅延証明とかでないのかな?」
「ばーか、出るわけねぇだろ。」
バスはもう少しで、バス停が見える地点まで来ていた。
しかし、それと同時にいつの間にか、サイレンの音が頻繁に聴こえるようになる。
やたらと響いてくる甲高い音、それはひっきりなしに続いていた。
近くで事故でもあったのかと、誰もがその光景を想像し、思案する。
まるで不安を駆り立てるように、音はバスが進むにつれて、一層けたたましさを増していった。
「おい!あれなんだよ!?」
誰かの驚いた声に、一斉にみんなの視線の集まった。
そして、その光景に誰もが唖然としてしまう。
そこにあったのは、何台ものパトカーが吸い込まれるようにして、校内に消えていく光景だった。
誰でも分かる異質で奇妙な光景に、乗客がいっせいに窓際へと群がる。
押し合いへし合いの最中、もともと窓際にいた私もさらに押されるような形で、その異様な光景を目にすることとなった。
赤く点灯するランプに包まれる学校。
まるで火がついたみたいに、その周囲までもが赤く照らされている。
事件?
いや、事故?
不安が渦巻き、その光景を見つめていることしか出来なかった。
ざわざわと喧騒とした緊張感が車内を満たしていく。
まるで、その緊張感を掻き消すかのように、
「霧崎学園前。霧崎学園前。」
バス到着のアナウンスが、耳に届いたのだった。
これから始まる長い一日の始まりに...
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