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story 2
普段、私たちが過ごしている学校。
その異様な光景を、少しでも早く見たい生徒たちが、足早にバスを降りていく。
その流れに私も押し出されるように、車内から外へと足を踏み出してた。
バスを降りてから校門に向かうまで、今まで見たこともないような人集りが見えていた。
それは生徒だったり付近の住人だったりと、様々だ。
遠くには、パトカーらしき車が見え隠れしている。
「おい、あれやっぱりパトカーだろ!?何で停まってんだよ。」
「知るかよ!何かあったんじゃねーの?」
「もしかして事件とか?」
「えー怖いじゃん。」
「とにかく見に行こーぜ!」
学校で何かが起こっている。
その真相を確かめようと、足早に突き進んでいく生徒たち。
中には我先にと、走り出す者もいる。
そんな周囲の様子を後ろから見送りながら、私も正門へと辿り着いた。
先ほどより一層多い人集りに、何が起きているのかを確かめる。
正直、身動きすら出来ない状況だった。
そしてそこには、混乱した人々の声が伝染するかのように飛び交っている。
「やっぱり事件らしいよ。」
「いや、事件じゃなきゃパトカー来ないでしょ。」
「こりゃ遅刻してもバレんかっただろうなーもうちょっと寝ときゃよかった。」
「それ以前に、休校になんじゃね?授業どころじゃないだろ、これ?」
「あのハゲ先、とうとう捕まったんじゃない?」
「生活指導の斉藤?だったら嬉しい。あいつさー...」
校外に取り残された生徒たちは、確証もない憶測や自分に都合の良い顛末を想像し、事態について好き勝手に雑談している。
本当に何が起こっているんだろう...
そう思っていた矢先に、少し離れた場所に見知った人の姿を見つけた。
同じように学内の様子を、不安そうに見つめる明日美の姿。
なんとか彼女の場所まで体をくねらして、進んでいく。
途中で足を踏まれたり苦い顔もされた私は、彼女の元に辿り着く頃には、ぼろぼろになっていた。
「明日美?」
間違っては、いないだろうと思いつつ、もしも、と思うと自然と声が小さくなる。
その声が届いたのか分からないけれど、振り返った女の子は、やはり明日美の姿だった。
その顔には、困惑と不安が一緒になって渦を巻いている。
「結椏!良かった。ここにいたんだ。ねぇ、この騒ぎって...」
彼女の姿を見て安堵したのも束の間、私が口を開きかけると、
「おい!殺人事件だってよ!!」
私たちの近くにいた男子の、ひと際大きな声が突然、耳に飛び込んできた。
その手に携帯を携えているところをみると、どうやら誰かと連絡を取っていたらしい。
「殺人事件?おい、本当なのかよ?」
「誰か死んだってことでしょ...一体誰が。」
「それよりも犯人捕まったのかよ!!」
「いやー怖い!」
一瞬の静寂もすぐ止み、先程よりも騒がしい喧騒と混乱に包まれる。
それがどういった情報なのか、本当なのか間違いなのかも分からないままに。
ただ周囲の不安とざわめきだけが、その場を支配していた。
「殺人事件だって。」
「うん...」
「でもまだ本当かも分かんないし、きっと大丈夫だよ。警察だっているんだもん。」
「そう、だよね。」
大丈夫ともう一度、繰り返す明日美。
でもその瞳は、やはり不安に揺れている。
私も彼女の言葉に頷くことしか出来ず、二人で周囲の様子を伺っていた。
少しするとプツプツとした雑音が、どこからともなく聴こえてくる。
校内アナウンスによくある放送前の雑音。
「えー生徒の皆さん。落ち着いて各学年、各クラス、教職員の指示に従って、速やかに校内に入ってください。えー繰り返します、これから...」
それは学校側のアナウンスだった。
アナウンスと同時に人だかりがほぐれて、昇降口から教師陣が出てくるのが、人の間から見え隠れする。
「さっきのハゲ先の声じゃん、あいつ生きてるんだ何だー」
「教室に入れって、入って大丈夫なの?」
先ほどの女の子たちの会話が耳に入った。
「とにかく中に入れるみたいだね。行こ。」
「う、うん。」
私も明日美や他の生徒たちと一緒に、誘導されるままに、教室へと足を向けた。
教室に入り窓際の自分の席に座ると、すぐに担任教師が現れる。
青ざめた教師の表情に、ただならぬ気配を感じたのか、場所を離れていた生徒たちも急いで自分の席へと戻っていった。
「あー、全員いるな。」
先生は一通り教室内を見渡して、私たちがいるのを確認した。
「先生、何があったんですか?」
「せんせーい、パトカー見たんですけどー」
早く事情が知りたい生徒たちから、質問の声が上がる。
先生は一瞬口ごもるような、なんともいえない仕草のあとに、静かにしろと声を掛けた。
「それを今から、説明するんだ。いいから静かにしなさい。」
「はーい」
そして静寂の中で聞かされた、衝撃の事実。
誰もが口を閉じ、教室全体を異様な空気が包み込む。
まず最初の一言で、教室内の静寂がいっきに広がった。
「この学校で、遺体が見つかった。」
先生は確かに、そう言った。
遺体という聞き慣れない言葉に驚きと戸惑いで、再び教室内に騒めきが走る。
「静かに!驚くのも無理はない。今、警察がきて色々と調べているところだ。」
先生の話しからすると、隣のクラスに亡くなった生徒がいること。
でもそれが、事件なのか事故なのか詳しいことは分かっていないこと。
今日は一先ずこのまま下校、明日以降の一週間は休校になるとのこと。
「殺人事件だという噂が流れているようだが、それはただの噂だ。
勝手な憶測で混乱を招かないように。それから、すぐに分かることだから伝えるが、亡くなったのは2組の山本大輔だ。」
それは、知らない男子生徒の名前だった。
名前が告げられると同時に、教室はまた一段と煩くなる。
そしてその喧騒にのまれるようにして、聴こえてきた泣き声。
それは、委員長の北島さんのものだった。
おそらく山本とされる彼と、面識があったのだろう。
憶測することしか出来ないけれど、私にとっては知らない人、でも彼女にとっては大切であろう人が消えた。
話の内容から、恐らく先生でさえ事件を把握していないことが伺えた。
一連の話が終わるとクラス内は騒がしく、怖いと怯える生徒、好奇心に質問をする生徒と反応は、様々なものに変化していく。
「気分を悪くする者もいるだろう。だが、詳しいことは先生も知らされていない。もし何か知っている者がいたら、すぐに教えてくれ。
くれぐれも外には出ず、今日は自宅で大人しくしているんだぞ。
帰りもなるべく大人数で帰れよ。」
矢継ぎ早にそう口にすると、先生は号令をかけられない委員長を気にしてか、各自解散と出口へ消えていった。
先生が消えた後の教室は、依然として騒がしい。
中には興味本位からか、不謹慎にも隣のクラスを覗きに行く者もいる。
「あぁいう奴ら、最低だよねーまったく。」
そんな子達を尻目に、いつの間にか傍らに来ていた明日美が、ぼそっと呟いた。
確かに彼らの行動は、興味本位とはいえ、褒められたものではないだろう。
隣のクラスでも、悲しんでいる子がいるかもしれないのに。
「帰ろ、結椏。先生も一人で帰るなって言ってたし。」
「...そうだね。」
ふと北島さんの方に目をやると、彼女の周りに多くの女子達が集まっていた。
慰めるように声を掛けたり、抱き締めるような仕草をしている彼女たち。
「好きだったみたい。」
私の視線に気づいた明日美が、そっと教えてくれた。
好きだった、とそう告げられても、私は彼のことを知らないわけで、でも想い人が亡くなったという彼女のショックが、相当なものだろうということが分かる。
自分の好きな人が、死んだ。
その悲しみは想像することしか出来ないけれど、簡単に癒えるものじゃないだろう。
まさか自分の学校で、そんなことが起こるなんて、そんなのテレビの中だけだと思ってた。
「本当、どうなっちゃうんだろうねー。」
明日美もなんだか実感が湧かないようで、委員長の姿を尻目に私たちは、この先の言い知れぬ不安に口を噤むしかなかった。
現実のはずなのに、なんだか実感が湧かない。
まるで何かのミステリードラマみたい。
この時は、そんなことを考えていた。
まるでどこかのテレビドラマのようにしか、実感出来なかったのに。
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