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story 4
警察に指定された場所は、空き教室だった。
思わず、扉の前にじっと佇む。
ここまで来たものの、教室の中に踏み込む勇気が持てなかった。
とはいえ、こんなところにいつまでも突っ立てるわけにもいかない。
本音を言えば、早いこと終わらせてさっさと帰りたかった。
そう思うのに、緊張して扉に手をかけることすら躊躇ってしまう。
扉のガラス越しに、少しだけ中の様子を覗いてみた。
あまり広くはない教室の中央に、刑事らしきスーツを着た二人が椅子に座っている。
まるで事情聴取みたいだなと、つい先日放送されたドラマと重なった。
どうしよう...
困っていると一人の刑事と目が合った。
その人は私に気づくと、こちらまで来てさっと扉を引いてくれる。
「心結椏さんだね?」
「は、い」
中に入ってみると、私に気付いたのは若い刑事さんでの方で、もう一人の年配の刑事さんは、そのまま椅子に座っていた。
椅子はパイプ椅子、机は教室の机を2つずつ移動して4つに並べたものだ。
「呼び出して悪かったね。」
若い刑事さんが柔らかな笑みを浮かべると、こちらにと、私にも同じパイプ椅子に座るよう案内してくれた。
通された椅子に座れば、年配の刑事さんと向き合うような形となる。
年配の刑事さんは、悪かったね、と言いながらも私にいくつか質問をした。
その質問に、緊張しながらも答えていく。
最初の刑事さんの微笑みに、少しだけ緊張が軽くなったものの、年配の刑事さんの前で、上手く喋れている自信は無かった。
隣に座る若い刑事さんに視線をやると、どうやら私たちの会話を記録しているらしかった。
私が何か言葉を発するたびに、刑事さんのペンが小刻みに揺れている。
年配の刑事さんの話し方は穏やかなのに、目は冷たく私を見据えていて、萎縮と恐怖が心の中で混濁していた。
結局先生は、最後まで顔を見せなかった。
忙しいのは分かるけれど、心細さまでは、解消されない。
その後のことだが、一先ず話を終えた私は、そのまま自宅に帰されることとなった。
先生が送ってくれると言っていたから、職員室に行かなきゃと、ぼーっとした頭で考える。
今でも信じられない。
じっとりと冷たい汗が、背中を伝う感覚。
そして、あの時告げられた事実。
「これは、君のものに違いないかい?」
刑事さんは私に、一枚の写真を見せた。
それは、探していた自転車の鍵。
見慣れていた猫のキーホルダーと、そこに書かれた名前からして、私が失くしたものに違いなかった。
どうして、これがあるのかと嫌な予感がひたひたと近づいてくるのが分かる。
「これを、亡くなった彼が握っていたんだよ。」
言葉がでなかった。
どうして、あんなに必死に探していた鍵がそんなところから出てきたのか。
「それで、これは君のものかい?」
「は、い。」
かろうじでそう答えると、刑事さんたちは、一度顔を見合わせた。
まるでそれが合図かのように、その後は、私が昨日どうしていたか、彼のことを知っているかなど。
文字通りの事情聴取が始まったのである。
だから私だったんだ...
妙に冷静な自分がいた。
私は正直に、鍵を失くしたことを刑事さんに話して帰ってきた。
私は山本くんを知らない、会ったこともなければ共通点もない。
だから、彼がどんな人かさえ分からない。
そもそもどうして彼が私の鍵を持っていたのか、どうして亡くなったのかも分からず、私の中でぐるぐると疑問だけが渦巻いていた。
続けられる質問と刑事さんが見据える冷たい瞳に、私はまるで水槽の魚のように、一言二言と口を開くのがやっとだった。
これから、どうなるのだろう。
おぼつかない足取りで廊下を歩き、教室から鞄を持ち出すと職員室へと向かう。
職員室に着くと中は、とても騒がしく、先生達の話し声が廊下まで漏れ出ていた。
見回してみると、忙しそうに電話口で話をしている先生達。
きっと保護者や地域の人など、それぞれの対応に追われているのだろう。
「えーと、詳しいことはまた、休み明けに説明会を開きますので、はい。」
どうやら、休み明けには学校集会が待ち構えているらしい。
色々な会話が飛び交う中、私は担任教師の机に向かった。
「ああ、心。終わっちゃったかー。悪いな、大丈夫だったか?」
先生は、私を気遣ってくれた。
大丈夫ではなかったが、心配させるのも気が引けて、はいと返事をしてしまう。
そんな私の言葉に頷きながらも、先生は、申し訳なさそうに手を合わせた。
すまん!送れなくなったと、勢いよく謝罪の言葉を口にしながら。
どうやら病欠の先生もいて、電話対応が追いつかないとのことだ。
確かに相変わらず職員室は慌しい雰囲気で、ひっきり無しに電話の音が聞こえてくる。
「しかし一人にさせるのもなー。やっぱり送っていくべきか...」
と、ぶつぶつ考え込む先生。
送ってもらえるのは有難いが、まだ日も高くバスで帰るため、別段一人という訳でもなかった。
それを先生に告げると、一瞬そうかという顔をしたものの、一度約束した手前、納得できないのか悩んでいる様子だった。
しかし、タイミングよく先生の机上の受話器が鳴り出して、
「神崎先生!保護者から、お電話です。」
と告げられれば、はいはいと言った様子で慌てて出る先生の姿。
先生は、再度すまんと手で示すと、受話器の話す部分を押さえて、気をつけて帰れよと声を掛ける。
そんな先生の言葉に応えるように、一度会釈をすると、私はいつもと違う騒がしい職員室を後にした。
廊下に出て一息つくと、喉が酷く渇いていることに気付く。
それもそうだ、昼も過ぎようという時間帯。
いくら全教室クーラー完備といえど、日々猛暑更新のこの季節、私は朝から水分をとっていなかった。
せめて飲み物だけでも。
そう思って、食堂へと足を向ける。
食堂に行けば自販機があるし、まさかこんな時に誰もいないだろう。
渦中の中にいるにも関わらず、私はそんなことを考えていた。
それこそが悲劇の幕開けとも知らずに...
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