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story 5
何でこんなことになっているんだろう?
自分でもよく分からない…
ただ、恐怖だけが心を支配し、自己防衛だけが体を突き動かしている。
辿り着いた食堂。
そこには、誰もいないと思っていたのに、三人の男女の姿があった。
食堂の真ん中、特別席とも言われるガラスに包まれた空間。
その個室と呼ぶにふさわしい空間を普段使用するのは、もっぱら三年生なことが多かった。
昼休みは場所の取り合いも激しく、運動部の三年生が主に独占しているという噂の場所。
二年生で帰宅部の私には、縁のない場所でもあった。
そんな場所で騒いでいる三人の生徒。
三人は、知る人ぞ知るこの学校の有名人だった。
一番騒いでいるのは、朝バスの中で出会った『大空翔』
何か楽しいことがあったのか、話すことに夢中になっている様子だ。
そして椅子に座っているのは『西園寺梨華』
髪が長くおしとやかな女の子。
成績優秀、眉目秀麗、どこかの財閥のお嬢様という噂もあり、男子からは絶大な人気がある。
入学当初、たくさんの告白があったらしいがその一切を断って、高嶺の花とさえ言われている。
あまり人といるのを見たことがないが、いうなれば女の子も憧れる女の子だ。
そしてもう一人、腕を組みながら彼らの話に耳を傾けているのが『澱黒永治』
彼は先の二人とは違い、悪目立ちで有名だった。
女癖が悪く来るもの拒まずの女ったらし、本当かどうかさえわからない噂ばっかりの、いわゆる不良というレッテル。
校則違反のイヤーカフや指輪を平然とつけているあたり、彼みたいな人にとって校則なんてあってないものなんだろう。
今は、仲が良さそうに見える三人だが、学校では一緒にいるところなど見たことがなかった。
むしろ、それぞれの話は聞いていても、仲が良いなどとは聞いたことがない。
珍しいな、なんて思いながらも入り口からすぐ近くの自動販売機に向かった。
三人は話に夢中になっているのか、私に気付いた様子はない。
この自販機の位置も、申し訳程度におかれた観葉植物で影になっているためか、三人からは見えにくい位置なせいか。
きっと私が入ってきたことさえ、気付いていないはずだ。
でも、それで良い。
私は偶然、この場に立ち寄っただけに過ぎないのだから。
こういう疲れた時にこそ、私の飲むものは決まっている。
自販機を前に私は迷うことなくそれ選んだ。
甘くて美味しいイチゴミルク。
明日美には甘すぎ、太るよ?なんて言われたけど、この甘さが自分の疲れを吹き飛ばしてくれるようで、私は気に入っている。
ボタンを押すと、学生証が入っているパスケースを取り出した。
学生証は、学校内でのお金としても使える、謂わゆるキャッシュカードのようなもので、学内での購買や自動販売機などにも使われている。
なかなかに便利なカードで、大多数の学生がこのカードを使用していた。
カードを通すとピッと電子音が鳴る。
それを眺めながら、無意識に先の出来事を振り返っていた。
なんでこんなことになったのか、私なんかの頭で考えたって分からないけれど、それでも考えずにはいられない。
事故なんだよね?
まさか事件とかそういうことは、ないよね?
もしかして私、疑われてるのかな?
人が一人亡くなったというのに、私の頭の中はそんな疑問でいっぱいだった。
自分が犯人じゃないということは、自分が一番よく知っているのに、それを他人に証明することは難しい。
こういう時、探偵ドラマの主人公だったら、容疑を掻い潜りながら、犯人を突き止められるのだろうか。
だとしても、自分にそれが出来るとは思えない。
考えながら落ちてきたパックジュースに手を伸ばした。
何も浮かばない頭に、糖分を流そうとストローに手を伸ばした、その時。
「あー終わった、終わった。」
少年の声が、急に耳に飛び込んできた。
「翔、うるさいぞ。」
それとは正反対に、どこか怒りを含んだ低い声も聞こえてくる。
「誰のせいで、こんな面倒なことになったのかしら?」
俺のせい?とおどけた声に、もちろんといった少女の声。
この声はきっと西園寺さんの声だ。
物静かなイメージがあったから、怒った彼女の声を初めて聞いた気がした。
「悪い悪い、だってしょうがないじゃん。まさか俺も、ああなるとは思ってなかったし。」
「だからって、これでは身動きできないわ。」
何の話をしてるんだろう?
謝罪の言葉を口にしながらも、その声色から悪びれた様子のない大空くんに、呆れたように釘をさす西園寺さん。
考えることに夢中になっていたが、誰もいない食堂では、彼らの声がよく響いていた。
「だってさー」
と、まだ言い分があるような大空くんの声に、
「翔、」
と、澱黒くんの更に低い声が飛べば、
「わ、悪かったって。すいませんでしたー」
と、今度は謝り始める大空くん。
どこか自由奔放な大空くんを慰さしめている彼は、まるで二人のお兄ちゃんみたいだ。
思わずくすっと笑ってしまいそうな場面。
その一場面を偶然目撃してしまっただけ。
最初は、そんなふうに思っていた。
あの人が現れるまでは。
そんな和やかと思える空気の中に、教師が一人、私が入ってきた扉とは、反対側から食堂に入ってきた。
田崎錦先生。
数学の先生で、おっとりしていて優しく生徒にも人気がある先生だ。
私みたいな物覚えの悪い生徒にも、根気強く教えてくれる、そんな先生の授業は密かに人気があった。
先生はそのまま、彼らのいるガラス張りの空間に向かっていく。
まだ日が高いとはいえ、もしかしてまだ学校に残っていたから?
ここにいたら私も怒られるのかな、なんてそんな不安をよそに、先生は三人のもとに近付いていった。
先生の姿に気付いた大空くんと西園寺さんが、ガラス張りの空間から出たことで、三人は自然と対峙する形となる。
「あら、田崎先生。来ていただけるなんて光栄ですわ。」
髪をぱさりと掬い上げながら、西園寺さんが口を開いた。
「俺らも、先生とちゃーんとお話したかったんだよねぇー」
それに続いて、茶化した声で話す大空くん。
澱黒くんだけがガラス張りの空間の中にいて、二人の話を聞いていたように、腕を組んだ状態で先生を見据えていた。
もしかして、三人は田崎先生を待っていたのでは?
だったら、部外者の私は、早くここを出たほうがいいのかもしれない。
そう思った私は、小さく身を屈めて、こっそりと4人から背を向けた。
そんな私の耳に、田崎先生の口から、とんでもない言葉が飛び込んでくるとも知らずに。
「率直に言う、自首しろ。」
驚きのあまり、体が一瞬固まった。
ジシュ?
それは一体どういう?
「何の理由があって、そう仰るんですか?」
そんな先生の言葉にも表情を変えずに、話す西園寺さん。
「学校では動かないと聞いていたんだがな。また、消してもらうのか?」
少し嘲笑うかのような、自嘲的するような先生の声が聞こえる。
なんの話をしているの?
「消してもらうって?本当、どこまで知ってるんだか。」
その言葉に動じる様子もなく、どこか愉しそうな大空くんの声。
先生の表情は分からないけれど、先生と彼らからは、何かピリピリとした、張り詰めた空気を感じた。
やっぱり、ここにいちゃいけない。
私は再度踵を返して、扉へと足を向けた。
まだ思い返せば、この時に食堂を出ていれば私の人生は変わっていたのかもしれない。
でも、そんな私の存在を知らない先生は、決定的な事実を口にしてしまう。
「君たちが殺人鬼ということだよ。」
私の足が、止まった瞬間だった。
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