story 7

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story 7

この時ほど、自分の運のなさを呪ったことなんてなかった。 それでもやっぱり、こうなることが必然であったのなら、私は.... 先生は私が隠れていたことなんて、思いもしなったのだろう。 汗の滲んだ顔に、酷く驚いた表情が浮かんでいた。 まさに、イレギュラーな登場だった。 西園寺さんは私の手首を掴んだまま告げる。 「まさかこーんな子を見張りにするなんて、先生も隅におけないですね。」 私は、先生の仲間と思われているのだろう。 逃げようにも西園寺さんの手首を掴む力は、ただ手を握るそれとは、違う。 「ちが、..」 苦しそうに掠れた声で、否定を口にする田崎先生。 そんな先生と目が合う。 意識が朦朧としているのか、先生の目は、私を捉えていないようにも見えた。 どこか遠くを見ているようなそんな表情。 「いいんですか、先生?」 西園寺さんは、そんな先生の姿を気にすることなく続ける。 大空くんは、先生のすぐ傍に屈みこむと、先生の肩越しに意地悪そうな微笑を浮かべた。 「なあ先生、もう一回教えてくれるー?録音機はどこ?」 その時になって、ようやく私は先生の人質として捕らえられていることに気が付いた。 身じろぎすると、西園寺さんが片手に持った針を近づけてくる。 先生を射したであろう注射器の針を。 「人質は、静かにしてくださいね。」 そう脅されれば、大人しくすることしか出来ない。 まさか、こんなことになるなんて。 先生が話さなかったら、私もこのまま殺されてしまうのだろうか。 きっと秘密を知ってしまった以上、殺される以外に道はない。 死? それを自覚するより前に、先生の微かな声が耳に届いた。 二人を見れば、大空くんは、もはや口を開くことさえ困難な先生の口元に耳を寄せ、その微かな息遣いに耳を欹てている。 何かを告げ終わると、先生の手が、よたよたとおぼつかない道筋で上がり、その手は大空くんの首下へと動いた。 そんな先生の行動を跳ね除けることなく、大空くんはただじっと先生を見ている。 やがてその手は、軽く少年の首元に触れただけで、あっけなく地面へと落とされた。 先生の瞳は、もう何も映していない。 いや、いや、いや、いや、 大空くんは、顔を上げると、 「職員室、一番上の引き出しの中だってさ。」 と、まるで何事もなかったかのような、それどころか、お菓子のありかを聞きつけた子どものような表情をしている。 先ほどの、ただじっと感情の読み取れない瞳で先生を見ていた少年は、そこには、もういなかった。 彼のその言葉に、分かった、とだけ告げた澱黒くん。 そして、 「ねえ、この子殺してもいい?」 西園寺さんが小鳥のような声で、悪魔のような瞳を、私に向ける。 それは、私への死刑宣告。 今、目の前に横たわっているのは、先生の体だった。 先生が死んだ? いや、殺された? 彼らに? 一連の出来事を見ていたにも関わらず、私の頭では、この状況を受け入れらなかった。 次に殺されるのは、きっと私だ。 いつの間にか離されていた西園寺さんの手。 逃げなきゃ、という本能的なものだけが、瞬時に体中をかけ抜けていった。 しかし私が動く前に、この体は大空くんによって再び身動きの出来ないものとなる。 首元には、彼の腕がまわされていた。 「まさか、このまま逃げられるとでも思ってんの?」 その声は、やはり愉しそうなもので、そのまま首元に回された手で、口元を塞がれた。 彼は、西園寺さんや澱黒くんのほうに視線を向けると、 「余計な真似すんなよ?」 と、念を押すように私の耳元に囁きかける。 口元を強く抑えられ、呼吸さえ上手くできない中で、首元に何か冷たいものが当たっていることに気付く。 見ることは出来ないけれど、それは、きっとナイフまたは包丁の類い。 このまま、私は殺されるのか。 全身が足が、諤々と震え始める。 そこに、 「~~~~~.......」 廊下から物音が聞こえてきた。 その音は、少しずつこちらへ近付いてくる。 ペタペタといった誰かが廊下を歩む音。 「いやー暑いですね。」 「さすがに、廊下は空調が効いとらんようだな。」 「これでも良いほうですよ。僕たちの頃なんて、天井についた扇風機でしたよ。」 「俺の時代には、その扇風機さえなかったんだがな。」 「あはは、すみませーん。」 話の内容と聞き覚えのある声に、それが先ほどの刑事さんたちのものだと気付く。 「!!」 私が反応したのが伝わったらしく、大空くんが更に首元に刃先を当てる。 チリッと鋭い痛みが走り、皮膚が切れたのが分かった。 お願い、気付いて!!! 刑事さんなら気付いてくれるかもしれないと、祈りにも似た心の叫びを必死で繰り返した。 でも、現実は願っていたものとは違って、とても残酷なもので。 「.......しかし、心結椏はどうなんですかね?」 え? 「そうだな。あの鍵は、被害者が持っていたとしても、不審な点がまだあるな。」 「でも、失くしたって言ってましたよ?」 「一概には何とも言えんが、嘘をついているようにも見えんしなぁ。」 「このままでいけば、事故死ということで決まりそうですね。」 「ああ、その後の検視結果にもよるがな。」 そんな二人のやり取りが、通り過ぎていく。 私は、消えてしまった希望と会話の内容に、絶望するしかなかった。 大空くんは、完全に足音が聞こえなくなったのを確認して、口を塞いでいた手を離す。 「ゴホッ、ごほっ、は、ぅ....」 急激に気管に送られた酸素に、体がついていかず、私は呼吸を整えるのに必死だった。 「はぁーーーったく、焦ったっての....」 「せっかくの機会だったのに、残念ね。」 大空くんのほっとした様子、そして西園寺さんの笑いが耳に届く。 澱黒くんだけは、何も言わない。 その表情の読み取れない瞳に、余計に恐怖を感じる。 口は開放されたものの、体は大空くんの手に捕らえられたままだった。 西園寺さんが一歩一歩、こちらに近付いてくるのがわかる。 嫌だ、こないで! そう、叫びたいのに声が出ない。 口を塞ぐ手は、もうないのに。 私は恐怖のせいで、出ない声を必死に張り上げていた。 それでも目前に迫りくる彼女。 そんな彼女が、拳を振りかざしたと思うと、腹部を思いきり殴られる。 「か、はっ....」 あまりの痛みに意識が途絶えそうになった、その時。 ...誰かの声が、聞こえた気がした。
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