story 8

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story 8

夢を見ていた。 泣いている男の子の夢。 その子の手には、血に濡れたナイフが握られていた。 「ああっ!」 次に痛みに目を覚ませば、目の前には西園寺さんの顔があった。 「少しはいい夢、見れました?」 そんな優しそうな笑みとは裏腹に、彼女がやっていることは、私の髪を掴みあげる行為。 ぶちぶちと髪の抜ける音が聞こえる。 痛みに顔を顰めれば、彼女は微笑んで、掴んでいた手を下へと向けた。 私は手の動作と同じに、再び床へ倒れ込む。 そんな私を、西園寺さんは妖艶な笑みで見下ろしていた。 「ねえ?鬼ごっこは、好き?」 その表情にその言葉に、背筋にゾクリと冷たい感覚が広がっていく。 逃げろ、逃げろ、逃げろ!! その言葉が、ずっと頭の中を木霊していた。 私は這い蹲るように、急いで起きあがると、西園寺さんとの距離をとる。 少し目線をずらせば、そこには窓際で静観している澱黒くんと、壁にもたれかかるようにして、愉しそうにこちらを見ている大空くんの姿があった。 どうやら意識を失っている間に、場所を移動したらしい。 窓から差し込む日差しで、何となくの部屋の全貌は伺えるが、西園寺さんから逃げるのに必死で、辺りを見回す余裕なんてなかった。 視界に入った情報で分かるのは、教室のように片面に日差しが入る窓があること、そして机と椅子、壁際に台所があること。 もう一つ保健室のようにカーテンで仕切られた一角があるが、そこが何かまでは分からない。 西園寺さんに目線を戻せば、彼女の手には、ナイフが握られていた。 「あら?早く逃げないと、死んじゃいますよ?」 そう、こちらに視線を向ける鬼。 ルールもへったくれもない鬼ごっこ。 ただ分かっているのは、彼女が鬼であること。 そして鬼に捕まったら最後、本当の終わりであること。 だから、何が何でも私は、この鬼から逃げきらなければならなかった。 でもこの狭い部屋の中で、いったいどうやって、彼女から逃げるというのだろう。 策略を考えようにも別段、頭がいいわけじゃない。 運動といえば、むしろ苦手なほうだ。 そんな私が、西園寺梨華という鬼からどうやって? 西園寺さんは、私の動きを観察するかのように、しばらく動かなかった。 私だけが彼女と距離をとろうと、部屋の隅を行き来している。 後ろに下がってしまえば、そこは壁。 壁に追い詰められたら、きっとそこで終わりだ。 そんな私の心情を読みとったように、彼女はこちらへとじりじり距離をつめる。 その度に私は、後ろではなく、横へと逃げる方向を変えていた。 きっと一気に距離を詰めようと思えば、出来るはずなのに、彼女の動きは相変わらずゆっくりとしたもの。 どこか愉しそうな彼女の姿に、しばらくは、この平行線の戦いが続くかと思われた。 しかし、あっけなく終止符は訪れる。 横に移動した際、彼女の動きにばかり気をとられていた私は、椅子に躓いてしまった。 大きくバランスを崩した私は、尻餅をついてその場に座り込んでしまう。 あたりに響き渡るのは、倒れた椅子の反芻する音。 その瞬間、頭に浮かんだのは、ゲームオーバーというテレビ画面に出てくるであろう赤い文字。 西園寺さんは、そんな私の様子に興味がなくなったように、すたすたと近付いてきた。 殺され、る.....! そう、思った。 必死だった私は、とっさに倒した椅子の足を掴んで、彼女に投げつける。 一つ、二つ.....と。 一つ目の椅子は、避けた彼女だったが、さすがに二つ目は避けきれずに、椅子は彼女の顔面に直撃した。 ゴンッという、鈍い音と彼女の払いのけた椅子が床に落下する音。 その、どちらもが止んだ瞬間に。 「このっ!!」 先ほどの冷めたような表情でも、まして鬼ごっこを愉しんでいた時とも違う。 悲痛そうに顔を抑える、その指の隙間から滲み出るのは、憎悪という感情だった。 彼女は、愛らしいその顔を醜く歪ませると、片手で私の肩を掴み、後ろへと押し倒す。 背中に感じるのは、衝撃の痛みと温度の低いタイルの冷たさ。 西園寺梨華は、私の上に覆いかぶさるようにして体を押さえつけると、もう片方の手で太陽の光に反射するナイフを握り締めた。 そのナイフを持つ手が、高く高く頭上に上げられたかと思うと、私の顔をめがけてまっすぐに落ちてくる。 もう、ダメだ........! 反射的に顔を腕で覆う。 その時、 「やめろ。」 どこからか、制止の声が聞こえてきた。 訪れると思った激痛。 でも痛みなんて、どこも感じない。 恐る恐るかばった腕の隙間から、様子を覗いてみた。 そこには、目前で静止しているナイフの刃。 ひっ!っと思わず体を動かしそうになるが、もしこの時動いていたら、ナイフは私に食い込むか、彼女が振り翳すでもしてたかもしれない。 まるで、時が止まったような静寂の中で、手に携えたナイフは、そのままに、最初に言葉を発したのは西園寺さんだった。 「えい、じ?」 「なあ、どうしたんだよ!?」 彼女の後に続くようにして、困惑した様子の大空くんが澱黒くんに声を掛ける。 彼女の動きに制止をかけたのは、澱黒永治、本人だった。 止まっているとはいえ、目前のナイフに腕を動かせない私は、隙間から見える澱黒くんと大空くんの姿、そして三人の会話にそっと聞き耳を立てる。 「....にする。」 澱黒くんが何か声を発していたが、その声は私の耳には、届かなかった。 「なっ........!?」 「はぁ!?」 しかし、その言葉に驚いた様子の二人。 そして今度は、はっきりと澱黒くんの言葉が耳に届く。 「聞こえなかったか?そいつは、人形にする。」 にん、ぎょう? その言葉だけが、頭の中に渦巻いていた。
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