2.裏切り

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 幽霊は人が強い恨みや未練をもって死んだ時にのみ出現し、その出現地点は死んだ場所である。  したがって、もし僕がばらされた時点で、ここで幽霊となったのならば、僕が死んだのはばらされた時ということになる。逆に、ばらされた後の各細胞が輸送された先で一つずつ殺されていった時、そのいずれかの時点で幽霊が出現すれば、僕が死んだのはその時ということになる。  理屈は分かっても、現実感はまるで湧かなかった。  僕が死ぬ? ここで? 両親に先立たれてから精神的に不安定になっていた弟が、最近はようやく笑顔を取り戻しつつあるというのに、その弟を一人残して? そんな馬鹿な。 「おいおい、何を呆然としているんだい? もっと私を恨んでくれないと困るよ。君が幽霊となるためには、死に際して強い恨みをもってもらわないといけないからね。もっとも、この実験の被験者は君一人というわけではないから、君が駄目でももう一人の方がうまくいってくれればそれで良いのだけど」 「もう一人?」 「いやあ、兄弟愛というのは素晴らしいね。この実験に協力してくれればまとまったお金が手に入り、お兄さんも無茶な働き方をしなくても良くなるよと言ったら、二つ返事で被験者になることを了承してくれたよ、君の弟は。もちろん、彼も自分がばらされた後に再構成されることなくそのまま死ぬなんてことはまったく知らないわけだけど」  全身の血が沸騰したような気がした。 「やめろ! あいつには……あいつにだけは手を出すな!」  力任せに装置の扉を内側から殴る。だが、鈍い音が響くだけでびくともしない。 「そうそう、その調子だよ。ほら、もっと強く恨んで。ああ、その様子を君の母親にも見せてあげたかったなぁ! あいつはね、本当に嫌な女だったよ。昔はさんざん幽霊が見えるという私を気持ち悪いと馬鹿にしてきたくせに、ちょっと私が有名になった途端、手のひらを返してさ。恥知らずっていうのは、ああいう奴のことを言うんだよね。そんな恥知らずには生きている価値なんて無いから、ちょっと裏で手を回して事故に見せかけて死んでもらったんだ。そのおかげで君達兄弟が困窮するようになり、こうして君が金に釣られてまんまと実験材料になってくれたんだから、私としてはまさに一石二鳥、いや君の弟も使えることを考えれば一石三鳥だよね。いやー、殺しておいて本当に良かったよ」
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