1.被験者

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 人体分離保存・再構成プロジェクトは、国家の、いや、世界の一大プロジェクトだ。そこには莫大な予算がつぎ込まれており、それに関わる実験の被験者が受け取る報酬も、僕のような庶民からすれば大金と言って良い額である。  無理も無い。このプロジェクトの成否次第で、人類の存亡が決まるかもしれないのだから。  最初はあくまでも家畜などの動物を対象として行われてきたこの技術を人間に適用することが真剣に考えられ始めたのは、俗に言う〝大冬期〟の到来が確実視されているからである。  今から十年後より、世界が雪と氷に閉ざされる『亜氷期』と、現在と同程度の気候の『亜間氷期』が五年周期で交互に訪れる時代が始まる。少なくとも数万年は続くと予測されているそのサイクルは発見者の名前をとって学術的にはタンスガード・オサトウ・サイクルと呼ばれている。  しかし市井の人々は、もっと分かりやすい名でそれを呼んでいる。すなわち、〝大冬期〟と。  重要なのは、もし亜氷期の間も人類が活動を維持しようとした場合、エネルギー資源は三十年程度で枯渇し、人類はその後もまだまだ続く〝大冬期〟を乗り越えられず滅亡する――そう予測されているということである。  そのようなシナリオを回避するため、亜氷期の間は人間を凍結保存してエネルギーの消費を抑え、亜間氷期になった際に解凍して活動を再開する。  そのような選択を、各国の偉い人達で相談して決めたらしい。その方法であれば、現在と大差無い生活レベルを維持できるというのだ。  僕が被験者として参加しようとしているこれは、まさに人類の未来を決めるプロジェクトと言って良いのだが、正直言って、僕自身には話が壮大すぎていまいち実感が湧かない。  そんな地球規模の話よりも、僕にとって重要なのは、もっと卑近な問題だった。  僕自身と、そして家族――と言っても、弟一人だけなのだが――の生活と将来のことである。
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