吾輩はニャーである。名前はまだ無い。

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夜が更けてきた頃、ようやく酒盛りが終わった。びにいるの袋に入っているとはいえ、何だか身体中から酒精の香りが漂っているような気がしてしまう。 「竹本、じゃあ明日な。……ちゃんと寝ろよ」 笑いを含んだ声に見送られ、幽霊顔の御仁、いや大変遺憾だが今日から吾輩の主となられた竹本殿は家路につく。ほてほてと大して早くもなくまいぺーすというやつで竹本殿は地下鉄の階段を下りる。ふわぁと吾輩は欠伸をした。その振動がなんとも心地がよく、眠気を誘うのだ。ちとひと休み……と吾輩が鞄の隙間に身を収め、しばらくしてかっくんと振動が止まる。どうしたのだ、とひょっこり吾輩が顔を覗かせたのと主殿が吾輩を鞄から引っ張り出したのはほぼ同時だった。 もっと吾輩のことを大切に扱えー!なんて叫んでいた吾輩は今自分の身に何が起きているのか分からなくて困り果てる。このご婦人は────。 「白木」 「先輩、どうかされましたか?」 きょとんとしてこちらを見るご婦人に主殿は吾輩を差し出したのだ。 「やる、飲み会の間ずっとこいつ見てただろ」 へ、と間の抜けた声を上げて白木女史が固まる。そしてあわあわと慌てだす。吾輩もうむ、と頷く。確かに白木女史はずっとこちらを見ていた。もしかして想い人でもいるのかと勘ぐっていたのだが。……まさか吾輩とは。見る目があるではないか。少なくとも我が主殿よりもよっぽど見る目がある。 「いえ、いや、あの。……私そんなに見てました?」 こっくり、主殿が頷く。白木女史の顔が朱に染まる。 「私そういうぬいぐるみ好きで……」 「ほら、だからやる。男にこんなの似合わねえし。欲しい奴が貰った方がいい。こいつだって可愛がってくれる奴の方がいいだろ」 でも、と渋る白木女史に主殿は強引にも吾輩を渡す。そして、じゃあとあっさり立ち去ってしまった。白木女史は暫くぽかんとしていたが、吾輩を胸にひしと抱くと竹本殿とは反対方向の車両に乗り込んだ。
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