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「…ん? 何だ?」
彼、加瀬純一郎は聞こえてくる微かな音色に耳を澄ました。
いつものようにグラウンドに面した校舎の三階からいつものようにソフトボール部の女子を眺めていた時のこと。いつもとは違う、耳の裏の性感帯をくすぐるようにその美しい音色は聴こえてきた。
「…ピアノ?」
その瞬間、彼は確信した。
ーーーキレイな女の子の気配がするっ!!!!
そうなればもう止まらない、止められない。じっとなんてしていられない。頭の中にいつものあのメロディーが流れ出すやいなや、彼は教室を飛び出していた。
「うおぉ~!!!」
夕暮れに染まる校舎に響き渡る彼の叫び声。と同時に窓ガラスをも震わせるほどの一陣の風となった純一郎が駆け抜けていく。
その時。
彼は煙が起こるほどの急ブレーキを上履きにかけた。振り返る。そこから音楽室が見えた。そして、こちらに背を向けている一人の少女の姿が。
「はふんっ!」
と、誰にも真似できないような彼独特の興奮を表わす一声とともに、彼は廊下の窓に頬をべったりとくっつけた。荒い鼻息で窓は一瞬にして曇ってしまう。しかし、そこは純一郎。負けじと制服の袖で窓をキレイキレイすると、再びそこから見える少女の姿に食らいついた。執念である。
そして彼は確信した。
…そう、恋とは常に、突然であることを。
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