第一章 夏の足音

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 生ぬるい風が吹いて、そろそろ照り付ける暑さを思い出す。梅雨が明けて、ぬるい風が少しばかり強く吹くころに、僕は家路を急いでいた。  家の前まで続くアスファルトに飽きて前を見上げれば、公園の入り口に並んでいる桜の 木が見えた。少し前まで桃色だった木は、思い出したように緑色を取り戻して、ぽかぽか注ぐ気持ちのいい日の光に、その緑の葉をきらめかせて鮮やかな黄緑色を風に揺らしていた。この落ち着かない天気は、昨日まで雨だったことなんかけろりと忘れているから、僕の右手のビニール傘をあざけるように、これから始まる夏を思い出させるのだった。  僕はこの蒸し暑さにうへぇとうなだれて、肌にまとわりついた長袖の白シャツをまくりながら、家へと急ぐ。こんな日は、クーラーをガンガンにきかせて、冷蔵庫でキンキンに冷やした麦茶を飲むのが最高に気持ちいいだろう。  そんなことを考えている間に、葉を青々しく生やした、ミカンの木が目についた。僕の家の隣の家だ。これが見えるということは、この白い家を通り過ぎた先の、白い柵から少しだけ緑の葉がはみ出す歩道の角を左に曲がれば、もう僕の家だ。 僕は左手に用意していたカギでドアを開けようとしたけれど、敷地に足を踏み入れる前に、玄関の前に建っているポストが目に入った。透明な窓から、白い封筒が覗いている。 僕はポストを開けて、そこにあった一通の封筒を取り出してから、ドアの鍵を開けてリビングへと急いだ。通学カバンをぶん投げてソファーに座るなり、さっきの封筒に目を通す。表面に、あて名があるはずだ。 「宮木累(みやきるい)さまへ」 僕宛てだった。手紙をくれるような相手などいただろうか。 全く心当たりがないので、すぐに封筒をひっくり返して、裏面の差出人の名前を確認する。そこには、ここから電車で三駅ほど行ったところの住所と、記憶に古い名前が奇麗な字で書かれていた。 「市村葵(いちむらあおい)」 僕は一瞬きょとんとして、すぐにハッとした。小学生の頃、足を折って入院していたころ、隣のベッドにいて、よく遊んだ、葵くんだ。僕が退院してから連絡を取らなくなってしまって、すっかり忘れていた。体の弱い、左目の下にほくろのある、葵くんだ。 どうして今更葵くんが僕に連絡をくれたのか。どうして僕の住所を。 久々の連絡に心を躍らせる暇もなくて、ハサミも使わずに白い封筒をこじ開ける。
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