月兎忌憚

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廊下を曲がった所で、母の姉――伯母の香織と会った。 香織は、涼の腕を掴むと母屋を気にして声を顰めながら 「どこに行ってたの。泥だらけじゃない。  そんな恰好で向こうに行ったら、また松恵さんに叱られるわよ。  とにかく着替えてらっしゃい」 さっき起きた、妹の義姉と甥の騒動を思い出し深いため息を吐いた。 涼は、真っ直ぐな視線を母屋に向けたまま静かに口を開く。 「ごめん、香織さん。手を離してくれない?  すぐに母さんの所に行かなきゃならないんだ」 妙に大人びた物言い。 掴んでいた手を離すと、涼は香織を仰ぎ見た。 妹に良く似た端正な顔立ち。 綺麗な黒い瞳が、強い決意の光に輝いていた。 不意にあどけない笑顔を浮かんだ。 「用事が済んだら、すぐに着替えてくるよ」 そう言い残すと、母屋に向かって歩き出す。 その小さな後姿を、香織はただ黙って見送った。 「涼!あんたどこに行ってたのよ」 座敷に足を踏み入れた途端、松恵のヒステリックな声が奥の間から響いてきた。 濡れタオルを顔に押し当てた姿で、ドスドスと畳を踏み鳴らし、鬼の形相で近づいてくる。 「まぁ、何て汚い恰好をしてるの。  そんな泥だらけの足で歩き回らないで頂戴」 松恵は露骨に嫌な顔をした。
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