月兎忌憚

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しばらく掘り進めると、ガサッという音がして手が硬いものに触れた。 涼は慎重に、ビニール袋を引っ張り出す。 土を払い除け、結び目を解くと袋の口を大きく広げた。 中には草履が入っていた。 若草色の鼻緒には、うさぎの刺繍が施されている。 覗き込んだみぃの目が輝いた。 「見つかって良かったね。お兄ちゃん」 涼は頷くとゆっくり立ち上がり、小屋の横に備えつけてある水道で泥だらけの手を洗った。 「はい、どうぞ」 みぃがハンカチを差し出す。 猫のキャラクターの描かれた、可愛らしいハンカチ。 何となく照れくさい。 素っ気無く 「いいよ」 と言うと、上着の裾で手を拭った。 「みぃ、どこにいるんだ?」 不意に、母屋の前庭から男の声が聞こえてきた。 「あ、お父様だ」 みぃは、弾かれたように声のした方へ顔を向ける。 「…ごめんね。あたし、もう行かなくちゃ…」 大きな瞳を瞬かせ、悲しそうな顔をした。 「うん…」 涼も落ち着かない気持ちのまま、小さく頷いた。 「あのね、お兄ちゃん」 「ん?」 恥ずかしそうに、頬を赤らめたみぃが涼の前に進み出る。 「大きくなって、みぃがお姫様になれたらお迎えに来てくれる?」 涼は黙ったままみぃの手を取ると、その甲にそっと唇を押し当てた。 「約束の印。必ず迎えに行くよ」 みぃは白い花がほころぶ様に、柔らかな笑みを浮かべた。 「それから、これ」 赤い梅の描かれた根付を差し出す。 「お前にやる」 「いいの?」 涼は頷くと、みぃの小さな手のひらにそれを乗せた。 「ありがとう。大事にするね」 「おぃ、みぃ。帰るぞ」 再び父の声が響く。 「じゃあね、お兄ちゃん。約束よ」 みぃは大きく手を振ると、跳ねるような足取りで植え込みの向こうに姿を消した。 まるで、小さなうさぎのよう――――― 突然庭の隅からひょっこり姿を現した娘に、父は驚いた顔をした。 「みぃ、どこに行ってたんだ?」 その後ろから、ばあやのあきれた声がする。 「美月さま!  あれ程大人しくしていて下さいと申し上げておいたのに…  あら、何を持っていらっしゃるんですか?」 「秘密!」 みぃ…美月は楽しげな声を上げた。
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