夜雨があがれば 壱

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「このマガジンは、皆さんで分け合って下さい」  彼女は、自分の小銃にセットされていない全てのマガジンを取りだして言った。  ですが…… と、隊員たちは形ばかりに狼狽える。 「いえ…… いいんです」  彼女は左腕を見せた。 「こんな腕では、リロードも出来ませんから」  彼女の腕は血に染まった包帯に巻かれ、首から提げられていた。どうやらもう、動かなくなったらしい。  それを聞くと隊員たちは獣のように我先にとマガジンへ手を伸ばす。まるで、より多くの弾丸を持ってさえすれば生きて帰れるとでも言うように。  あっという間に、並べられたマガジンをなくなった。 「準備は出来たな。ここを離れる。陣形を組め」  隊長の号令に合わせて俺達は陣形を組む。そこにはもう、彼女の居場所はなかった。 「隊長、ご武運を」  彼女が最後の敬礼をする。  隊長も俺達も彼女に最後の敬礼をする。  雨が一段と強くなってきた。それが合図であるかのように、俺達は進みだす。何の別れも告げずに。  暫く進むと遠くから激しい銃声が響いた。が、その音もすぐ途絶え、雨粒が地面を叩く音しか聞こえなくなる。  後ろを振り返る者は誰もいなかった。  冷たい雨が俺達の体から体温を奪う。ぼやけた思考で、蟻のように淡々と悪路を進む。彼女とのわずかな思い出が頭に浮かんでは消えていく。死人が残した記憶は呪いだ。戦場ではその思い出が心を内側から蝕んでいく。  でも、雨が上がるまで。その間だけは彼女の記憶に溺れていたい。ふと、そう思った。
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