夜雨があがれば 壱

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夜雨があがれば 壱

 どしゃ降りの雨と重苦しい闇がこの戦場を更に禍々しいものに見せる。そんな闇に隠れるように、俺達は退路を黙々と進んでいた。  俺の所属する第211小隊は敵施設奇襲の任を受け出発した。が、予想していかなかった二度もの敵兵との戦闘により、隊員の約半数が死亡。目標施設の制圧どころか、目標地点にすら辿り着けない有り様だ。  荒い息遣いと苦痛による呻き声が、この場の空気を更に悪くする。 「本部から戦線離脱の許可が出た」  無線機を片手に隊長は告げた。 「現時点をもってこの作戦を破棄。撤退する」  隊長の言う撤退とはつまり、隊員の退路を確保する為に誰か一人が追手を相手に時間を稼げということなのだろう。  その一人に選ばれれば、確実に生きて帰ることは出来ない。  自ら望んで死ぬ奴など誰もいない。嫌な沈黙が続く。 「隊長、私に殿(しんがり)を努めさせて下さい」  全員が声の方向に目を向ける。  その言葉を放ったのは、副隊長である俺と同期の彼女だった。 「この傷では、もう長くは持ちません。ですので、最後の勤めを」  無傷な者など、この中には誰一人居ない。それでも、確かに彼女の傷は他の隊員より深刻だった。いや、深刻どころか致命傷かもしれない。立っているのもやっとという体だ。そんな痛々しい体でも、凛とした意志の籠った声だった。 「分かった。なら、お前に任せよう」  隊長は何の感情も見せずに淡白にそう告げる。 「ありがとうございます」  そんな小さな言葉が、彼女の口から漏れる。  選ばれなくて助かったと他の隊員達は安堵の溜め息をもらしたった。が、俺はそんな気分にはなれなかった。たった少し寿命が伸びただけだ。皆いつか戦場で死ぬ。結局それは遅いか早いか、ただそれだけの問題だ。
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