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走る背中はあっという間に見えなくなった。
亜衣香は再び天を仰いだ。まるで空がさめざめと泣いてるみたいだ。泣きたいのはこっちだってば。
空一面に重く垂れ込めた雲はまだしばらくこのあたりに居座ってそうで、もしかしなくても今日はこのまま降り続けるのかもしれない。
濡れた折りたたみ傘と、濡れた髪の毛と。どちらが煩わしいかを考えれば答えは簡単に出る。
想い人にいつ会うかわからないのに、すすんで濡れネズミになるわけにはいかない。
鞄の中で傘を掴む手にぐっと力を籠めたそのとき、
「おはよう」
耳触りの良い声が頭上から降ってきた。
ハッと顔を上げると今まさに思い浮かべていた人がそこにいた。
「郁! ……じゃなくて植沢先生、おはようゴザイマス……」
ぽそぽそと小さな声で付け加えると、穏やかな双眸が一層柔らかく細められる。
「声かけるの一瞬迷ったよ。難しい顔して鞄の中を見てたから……、何か買い忘れ?」
「そういうわけじゃないけど……わたしそんなに難しい顔してた?」
深い青色の傘の中で微苦笑を浮かべる青年を横目に、亜衣香は口をへの字に歪ませる。
首を巡らせコンビニのガラス窓にも映して確認した。指摘されるほど変な顔をしていたつもりはないのだけど。
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