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『この約束さえ果たせば、いいのですよね』
『もちろんいいわ。男と女の約束だもの』
『それを言うなら、男と男の約束じゃないですか』
そう、男は女との約束を確かめるためにここにいる。
だがその約束を「何かがおかしい」と、うとうとしながらも男は考える。そしてあることに気づくと「まさか」と今までの自分の行為に驚き、後悔し始める。仮定を確かめるべく、急いで男は携帯電話を取り出して、ある言葉を検索した。その画面に映った文字の群れを見て、「そうだったのですか」と、男は納得したというように小さくそして弱く頷き、気を取り直した。
土砂降りの雨の中、裸だった男は、ずぶ濡れになった下着を身に着け、水で重たくなった靴で夜の田舎道を駆けてゆく。この瞬間、男の通称が、「律儀な男」から、「頭が固い男」に変わった。
その、「頭が固い男」の頭に再び、あの約束がよぎる。
『なにか、こうしたら結婚してくれる、という約束をしてくれませんか。もしあったらそれに向かって頑張ります』
男が話しかけるのは、小悪魔的な笑い方をする女、通称「回りくどい女」。
『柚の木を裸で登るようなこと、例えば、そうね、田舎で、それもドがつくほどのね。そこで土砂降りの雨の中直立不動で、何時間も笑顔のままでいるとか、そんなかんじのことをやってのけたら、結婚してあげるわ。結婚するかどうかはあなたの行動を見て評価を伝えてあげるから。もちろん何回でもチャレンジしていいのよ。』
約束の記憶にため息をつきながら、「頭が固い男」は彼女の元へと歩を速めた。
【柚の木を裸で登る】棘の多い柚の木を裸で登ることから、難儀なことや無茶なことをすることのたとえ。
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