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梅雨が早めに切りあがった6月下旬。「律儀な男」はひたすら待っていた。
場所、とある地方のど田舎のど真ん中。カフェ「おばあちゃんと一服」。
時、テレビのゴールデンタイムの午後8時。蛍光灯がチカチカと点滅する夜。
人、通称「律儀な男」。相手との約束が一番、認めた人に従順になることを二番と考えている男。
そしてその人は待っていたのだ。
「そろそろ来てもいいはずですが」
誰にでもない自分に向けた独り言にさえも、丁寧語を忘れない。短く放った言葉は、カフェの店主のおばあちゃんの耳の中の耳介を震わせる。
「坊ちゃん、どうしたんにゃ、こぬぁあんめの中で」
訛りがひどいおばあちゃんの言葉を、「男」は真摯に受け止め、
「返事を待っているだけです。ご心配はいりません。わざわざありがとうございます」
と返す。おばあちゃんは首を傾げながら、
「んにゃ、体にゃ気を付ぅけてなぁ」
という。
おばあちゃんの言葉は、少々気味悪さを感じている人の声だったが―そして男はそれに気づいていたが―笑顔に徹する。
時計の針は進み、時刻は深夜12時に差し掛かっている。
直立不動の男は笑顔を絶やさない。足の裏が湿気でじめじめしていたが、予期せぬ夏の寒さに震えていたが、それでも男は姿勢を崩さない。
ただ男は、
「まだ、ですね」
とつぶやくだけ。いったい彼は何回こんなことしてきたのだろうか。おそらく、十回は下らない。チャンスは何回でもあるのだ。
深夜2時を過ぎて、男の頭の中は非常事態。あの時に交わした約束の記憶が頭に流れてゆく。
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