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 次の雨は、意外に遅くやってきた。あの日から二週間。それまでの日はすべて、干上がってしまいそうなカンカン照りで。  俺はいつものように帰り、途中で境内に入り込む。 「……あ、こんにちは。きてくれたんだね、うれしい」 「こんにちは。今日は雨に濡れないんですね」  二週間ぶりのその人は、元気そうに見えなかった。風邪でも引いたのだろうか、だとしたら無理をしてここにいるのではないだろうか。 「風邪でも引きましたか?」 「……え?」 「なんか、体調よくなさそうです」 「あぁ、これ? この先、どんどん悪くなっていくのよ。前に君と会ったときが一番、綺麗だったの」  悲しげな表情で笑いかけられる。 「いまでも、十分綺麗ですよ」 「ありがとう」  彼女は、二週間前と違い生気のない顔で、所々包帯や傷が見え、呼吸も苦しそうに見えた。それらすべてを取り繕って、ここにいるきがした。 「無理、してないですか?」 「うん」  嘘だ。 「嘘、ですよね。だって、とっても辛そう」 「嘘だったらいけない? もう一度あなたに会いたかったからここにいるのだとしても」  俺に会うためにここまでしなくてもいいだろう。そう言いかけたときだった。 「……今日で、寿命が尽きるの。今日まで、無理言って生かしてもらったの……。もう一度あなたに会うために。……傘を、返すために」  その後も彼女は続けた。苦しそうに息継ぎを繰り返しながら。 「……傘を貸してくれる人なんて、今まで一度も出会ったことなかった。だから、うれしかった。傘を、ありがとう」  彼女は立ち上がり俺の方へおぼつかない足取りで歩いてきた。 「傘、返すね。……さようなら」  目を覆われたかと思うと額に柔らかい感触。  目を開けた世界に、彼女はいなかった。  ……彼女の『さようなら』は『またいつか』だと思って、俺は傘をもって境内をあとにした。  ──紫陽花の花言葉なんて、全くの嘘じゃないか。
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