梅雨

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 初めてその人を見かけたのは、学校帰り──雨の降る夕方だった。俺はチャリで帰っていて、ふとお寺の境内に目がいったのだ。一目見て、びっくりしら。なぜならその人は境内で一人、立ち尽くしていて傘もカッパも持っていなかったから。美しい紫色に染まった浴衣が、水をその身に纏わせていた。  俺は反射のようにチャリを漕いでいた足を止め、急カーブして境内の方に入っていった。 「あの、大丈夫ですか?」  雨を身に浴びて心なしか嬉しそうなその人は、ちらっと俺の方を見て、言った。 「大丈夫。……それに今日は、体調もいいわ」  透きとおった、水色の声音。女性、だろうか。俺はまじまじと、その人を見てみる。浴衣だと思っていたのは浴衣風ワンピースのようで、足元は裸足。アクセサリー類はひとつもついていなかった。 「雨、お好きなんですか?」 「そうね。雨の日は綺麗な世界に見えるじゃない?」  ふふっ、と微笑むその人は、雨が好きなひとだった。 「あ、傘、お貸しします」 「いいのよ。雨は大好きだから」 「そういうことじゃなくてですね。あなたが、風邪でも引いたら大変ですから」  押しつけられたと思っていいですから、と強引に傘を渡すと控えめにありがとう、と返ってきた。 「傘、なくて困らない?」 「大丈夫です。俺チャリ通なんで、カッパ着るんですよ」 「ううん、でも申し訳ないから早めに返すわね。次の……次の雨の日に、ここで待ってる」 「わかりました」 「ありがとう」 「いえ、風邪引かないようになさってください」  そう言って、俺は家に帰った。
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