0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
初めてその人を見かけたのは、学校帰り──雨の降る夕方だった。俺はチャリで帰っていて、ふとお寺の境内に目がいったのだ。一目見て、びっくりしら。なぜならその人は境内で一人、立ち尽くしていて傘もカッパも持っていなかったから。美しい紫色に染まった浴衣が、水をその身に纏わせていた。
俺は反射のようにチャリを漕いでいた足を止め、急カーブして境内の方に入っていった。
「あの、大丈夫ですか?」
雨を身に浴びて心なしか嬉しそうなその人は、ちらっと俺の方を見て、言った。
「大丈夫。……それに今日は、体調もいいわ」
透きとおった、水色の声音。女性、だろうか。俺はまじまじと、その人を見てみる。浴衣だと思っていたのは浴衣風ワンピースのようで、足元は裸足。アクセサリー類はひとつもついていなかった。
「雨、お好きなんですか?」
「そうね。雨の日は綺麗な世界に見えるじゃない?」
ふふっ、と微笑むその人は、雨が好きなひとだった。
「あ、傘、お貸しします」
「いいのよ。雨は大好きだから」
「そういうことじゃなくてですね。あなたが、風邪でも引いたら大変ですから」
押しつけられたと思っていいですから、と強引に傘を渡すと控えめにありがとう、と返ってきた。
「傘、なくて困らない?」
「大丈夫です。俺チャリ通なんで、カッパ着るんですよ」
「ううん、でも申し訳ないから早めに返すわね。次の……次の雨の日に、ここで待ってる」
「わかりました」
「ありがとう」
「いえ、風邪引かないようになさってください」
そう言って、俺は家に帰った。
最初のコメントを投稿しよう!