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そのまま高校・大学へと進み、社会人の今になっても、再び父と並んで釣り糸を垂れる機会は巡ってこないままだ。
釣果が良いときの父は上機嫌で、釣った魚の下処理から料理までひと通りこなす。今朝は何が釣れたのだろう?
心のすみでは別の声が、これは夢だと訴えていた。
響野はその声の忠告に従う。
オーケー、わかってるよ。
瞼を開けてすぐに、昨日よりも視界が明るいことに気がついた。相変わらず目には何も映らなかったが、光を感じ取ることはできているようだ。
ベッドから身体を起こすと、かすかなコーヒーの香りが鼻先をかすめていく。今しがたの夢は、この香りに触発されて見たもののような気がした。
自室のドアを開けるとコーヒーの香りは強くなった。同時に、吹き抜けのリビングから掃除機と人間のたてる物音が聞こえてくる。
「おはよう」
響野の姿をみとめたらしく、水元が挨拶をした。やわらかい声は昨日と同じだったが、どこかきびきびとした口調になっている。おそらく介護士としての水元は、このような調子で毎日働いているのだろう。
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