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水元が納得したかどうかは判然としなかったものの、それ以上会話を続ける前にタクシーがきた。響野は水元の手を借りながら慎重に車内へ乗りこむ。
行き先を問われて、家の住所とおおよその場所を告げると、タクシーが走り出したところで「今も実家なんだ?」と水元が口を開いた。
ああ、と響野はうなずく。
「安西たちと響野の家に遊びにいったときのこと、覚えてるよ」
「ああ、あったな、そんなこと」
「和田や横山もいたっけか。あいつらとは高校も一緒だったの?」
「安西と横山とは一緒だった。横山とは大学もだな。就職してからは、みんな滅多に会わないけど、たまにLINEがくるよ」
答えながら、響野は重大なことに気付く。先ほどの会話で、水元はこちらに戻ってくると言っていなかっただろうか。
「懐かしいな」
後部座席のとなりで元同級生はつぶやいた。
「十代の頃なんて、基本、恥ずかしい記憶ばかりな気がするから、あまり思い出したくないけど、中二のときだけは別だ。楽しかったよ」
「おまえは知らないうちにいなくなってた」
軽口のつもりだったが、それに対する水元の応答は少し遅れる。
「……急に決まったからね。でも、響野たちに一言もなく転校したのは、さすがになかったなって、今は思う」
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