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最初の難関は着替えの際におとずれた。リビングを手探りで進んでいた響野は、乾燥機から取り出したまま放置していた洗濯物の山を発見する。
手ざわりから、どうやらジーンズらしいと見当をつけたズボンを履き、同じく手ざわりからネルシャツであろうと判断した上着をはおる。
靴下は……微妙なところだ。同じ山から、とりあえず一足分を探り当ててはみたものの、色柄が同じである確証はない。手の感触を信じるのであれば、左右どちらともユニクロの4足990円(税別)のグレーソックスのように思えるが、油断は禁物だろう。右はグレー、左はブラックである可能性も十分に考えられるからだ。
平日の朝っぱらからちょっと面白い(?)格好をして世間の注意を引く気にはなれなかったので、響野はいさぎよく靴下をあきらめた。
洗濯物の山に靴下を戻したのと同じタイミングで、玄関先に乗用車の停まる音がする。タクシーが到着したようだ。
タクシーの運転手は親切な人物だった。急に目が見えなくなった響野の窮状を知ると、総合病院の玄関先にタクシーを乗り入れ、自分はわざわざ車を降りて、近くにいた係員を連れてきてくれる。
初老の運転手とは対照的に、呼ばれた係員のほうは若そうな印象を受けた。声の様子からすると、自分と同じ二十代くらいかもしれない。
係員は機転を利かせてか、それとも単に目の見えない男を連れて歩くのはおっくうだと考えたからか、響野に車椅子を勧めると、彼の身柄を看護師に託した。
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