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「さっき、タクシーに乗ってきた人ですよね。目の不自由な」
響野は声のしたほうに顔を向ける。しかしもちろん、そうしたところで相手の姿が見えるわけでもない。
「あのとき、玄関にいた者です」
質問するよりも先に声が答えた。
響野は、ああ、と合点する。車椅子を持ってきた係員だったのだ。
「さっきはありがとう」
「どういたしまして。タクシー、呼びましょうか?」
相手のやわらかな声に、一瞬、返事が遅れた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
同じやり取りをもう一度くり返したあと、係員はふと沈黙し、それから言う。
「人違いだったらすみません。もしかして、響野? 響野伸也?」
イエスともノーとも答える前に、相手は何かから、たとえば響野が手にしていた診療明細の患者名などから確信を得たのだろう。続いて聞こえてきた声は、ぐっと砕けたものになっていた。
「水元って覚えてる? 中二のとき、クラス一緒だった」
水元、と響野もつぶやく。それほど多い苗字ではないから、脳のアーカイブからはすぐに目的の情報を見つけだすことができた。
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