DAY1

4/28
前へ
/433ページ
次へ
「さっき、タクシーに乗ってきた人ですよね。目の不自由な」  響野は声のしたほうに顔を向ける。しかしもちろん、そうしたところで相手の姿が見えるわけでもない。 「あのとき、玄関にいた者です」  質問するよりも先に声が答えた。  響野は、ああ、と合点する。車椅子を持ってきた係員だったのだ。 「さっきはありがとう」 「どういたしまして。タクシー、呼びましょうか?」  相手のやわらかな声に、一瞬、返事が遅れた。 「……ありがとう」 「どういたしまして」  同じやり取りをもう一度くり返したあと、係員はふと沈黙し、それから言う。 「人違いだったらすみません。もしかして、響野? 響野伸也(しんや)?」  イエスともノーとも答える前に、相手は何かから、たとえば響野が手にしていた診療明細(レセプト)の患者名などから確信を得たのだろう。続いて聞こえてきた声は、ぐっと砕けたものになっていた。 「水元(みずもと)って覚えてる? 中二のとき、クラス一緒だった」  水元、と響野もつぶやく。それほど多い苗字ではないから、脳のアーカイブからはすぐに目的の情報を見つけだすことができた。
/433ページ

最初のコメントを投稿しよう!

562人が本棚に入れています
本棚に追加