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ああそうか、と水元の声に笑いが混じる。
「働いてはいないけど、面接を受けにきたんだよ。時間前に院内を見学させてもらってたらタクシーがきたから」
水元の話によれば、この病院の本来のタクシー降車場は、もう少し離れた場所にあるという。離れたといっても、せいぜい数十メートルくらいだから、通常であれば、タクシーに乗ってきた患者はそこから病院の建物まで歩いていく。
だが、高齢者や車椅子の患者については、もちろん病院側も固いことは言わない。そのような歩行に障害のある患者を送る場合は、玄関先まで車両を乗り入れて良いことになっているのだ。
「タクシーが玄関の近くまでやってくるなら、サポートの必要な患者さんが乗ってるのかなと思って見てたら、声をかけられたんだ」
「だけど、別におまえの職場じゃないんだろう?」
「うん。だから、ちゃんと引き継いだだろ?」
そういう意味じゃない、と言いかけたが、思い直して響野は口を閉じる。
脳裏に十一年前の水元の顔が浮かんだ。響野や他の同級生たちとたわいない話をして笑っている学生服姿の少年の顔だ。
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