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「病院で面接ってことは、何の仕事をしてるんだ。医者か?」
「あはは、まさか」
記憶そのままの屈託のない声が応じる。響野はふと、二十五歳の水元はどんな顔をしているのだろうと思った。
「介護士だよ。このあいだまで名古屋の老人ホームで働いてた」
「辞めたのか?」
「前に勤めてたところはね。今は転職活動中。仕事が見つかったら、こっちに戻ってこようと思ってる」
水元はそこで口をつぐむ。少しの沈黙のあと、ベンチの座面がこすれる音がして、相手が自分のほうに身体を向けたのがわかった。
「なあ、響野……本当に目、大丈夫か?」
直前までの屈託のなさが嘘のような深刻な声色だった。
やはり十一年の歳月は侮れないな、と響野は思う。世間話で場を取り繕いながら、頃合いを見て本題を切りだすような会話は、当時の水元とはしたことがなかった。
「タクシーのところで会ったのって十時前くらいだよな」
友人の問いには答えずに響野は言う。
「いったい何時間、病院にいるんだよ。まさか俺を待ってたわけでもないだろう?」
言葉の先で、相手が小さく息を呑む気配がした。だがそれは、ほんの一瞬だ。
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