簡単なお手伝い

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 アオンは何よりも水やりが好きだ。だからいつものように外の植物に水をやれないのは悲しい。今までもそうだった。しかし遊ぶ時間が増えるのも事実で、時々寂しさと喜びで変な気持ちになる。そんな気持ちの狭間で、若すぎる彼女の心はやはり純粋でもろく、衝動的だ。今日に限って、妙に魅かれるのこの球体の植物となぜか離れたくなくなった。いつもは水をやり終えると一目散に外に駆けていくのに、そうもいかなかった。理由はわからない。ただ溢れ出してしまった。その球体を見て、彼女の潤いを保ち続ける頬に一筋の涙が流れた。  それがきっと命運を分けたのであろう。その一滴の水分が球体の生命の行方を決めた。  アオンは解決できない感情に、何も考えず如雨露を傾けた。心なしか中の水がなくなるにつれ気持ちも軽くなっていくような気がした。白い部分以外にも不用意に水をやる。それは母親に言われていた禁忌の行為であった。  如雨露に水を注ぎ足し、心ゆくまで水をやった。彼女は涙を拭き、やっと笑顔になった。およそ40回ほど傾いた如雨露は本望であるように輝いた。うら若き少女には何の罪悪感もない。心にあるのは純粋な気持ちだけだ。空っぽになった如雨露を手に部屋を出る前に、洋食の仕上げにパセリを乗せるような優雅さでポケットの折り紙を球体の青い部分に浮かべた。母親に褒められたいがための行為だ。  お気に入りの雨具を身に着け、手伝いが終わったことを報告する。 「水やり終わったの?」 「うん。後で見に行ってもいいよ」 「あら、変に嬉しそうね。外には気を付けていくのよ」 「わかった。行ってきまーす」 「行ってらっしゃい」  彼女の後ろ姿を母親は微笑ましく見送った。  アオンはお気に入りの水玉の合羽に、黄色い長靴を履いて、目にする水溜まり全てに飛び込む冒険に出かけた。それから40日間、雨が止むことはなかった。  幼少期の無邪気さは狂気と紙一重であり、時に世界を滅ぼすのかもしれない。突如海洋に現れた箱舟がなければ、生命は恐らく滅んでいたそうだ。
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