誰そ彼

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

誰そ彼

 寝静まった住宅街の中をひとり、私は仕事終わりの帰路に着いていた。皺の入ったネクタイを鞄に押し込む。等間隔に並んだ街灯はぼんやりとしていて、所々消えかかっている。重りをつけた囚人のように、ゆっくりと歩を進める。他に人気はない…と思っていた矢先、後ろから駆け寄る足音が聞こえた。振り返ると、自分と同じくらいの歳、背格好の男だった。  久しぶり、と言った彼の顔を見て、私は思わず腰を抜かして叫びそうになった。なぜなら彼は、数年前に亡くなったはずだからだ。 座り込んで声を上げずに済んだのは、驚きと同時に、果たして誰であったか、という疑問が湧いたからであろう。顔に見覚えがあるものの、どうしても名前が思い出せない。私は目を泳がせないようにしながら彼と話した。 当然ながら彼から「この前生き返ったんだけどさー」といった発言はなかった。確かに彼はこの世を去り、私はその葬儀に出席した。観察してみて彼の顔色が悪いわけでもないし、足元が消えているわけでもない。双子の兄弟だとしたら冗談が長すぎる。  世間話をしている間にも、彼の死が自分の記憶違いか人違いだったかと、思考を巡らせていた。  「――そうだ、今更聞きにくいんだけど」彼は頭を掻きながら私に尋ねる。「君の名前はなんだっけ――」
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!