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旅に出た魔法使いのシキから『手紙』が来た。手紙と言っていいのかわからないけれど。筆不精の彼は、手紙の代わりに箱いっぱいに不思議をいっぱい詰めて送ってくる。
秋の手紙は虫の声。キリギリスやスズムシやクツワムシの声に混じって、ゲコッゲコッと鳴くカエルの声が、今にも虫の声を全部食べちゃいそうだった。
途中で秋の虫が食べられるバリバリという音がした気がするけれど、気にしない。
冬の手紙は雪だるま。春が近づいてきて、年中寒い冬の国に旅立つまで、木の枝の腕を振り、バケツの被った頭を振って話し相手になってくれた。
わたしも対抗するみたいに二つのおさげを振って、彼の話にうなずく。
彼──と言っていいのか。性別がよくわからなかった──の語る冬でもかき氷をおいしく食べる方法百選は非常に興味深かったのだけれど。
友達を溶かすのは忍びないので百を聞く前にお別れをすることになってしまった。
春の手紙は虹よりも色彩に富んだ花吹雪。
強く香るバラの花びらの中にひっそりと紛れ込んだサクラソウの気配。友達のように身近なタンポポの花びらは、一つ一つが小さくても不思議と目にとらえられた。
こんな素敵な贈り物達をもらっておいてなんだけれど。いつの日かシキが薬の調合メモを取ろうとペンを走らせていたのを腕に抱きつきながら覗き込んだ時、
そこに書かれた文字はまるで教科書のお手本みたいに綺麗だったから、もっと文字で連絡を取ってもいいと思う。
その代わり、字を書くと彼の身体みたいにでっかくはなるのだけれど。
秋に旅に出たシキは戻って来ないまま、くるりと季節が一回転。
今は夏。目の前にはいつもの手紙もとい箱。さて今回は何がはいっているのやら。
まさか今この瞬間も家の中まで強い光を地面に落とし続けている、夏の強い太陽なんてことはないかしら。
ちょっぴり勘弁してほしい。体力や肌の日焼け強度には自信がない。
おそるおそる──期待も込めて、味も素っ気もない箱を開けた。
いつもなら開けた瞬間何かが飛び出してくるはずのそれは、今回に限って何もなかった。
代わりに中に入っていたのは箱。箱の中の箱。
箱の中の箱にはちっちゃな張り紙一枚。相変わらずの綺麗で大きな字で『開ける時は外で。今から言うものを準備していつでも使えるようにしてから開封すること!』とある。
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