1話

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 唐突にバスが打ち上がった。青い空から落ちる大きな影。影は間もなく質量と大音量を伴って地に叩きつけられた。他のバスも次々と打ち上げられていった。バスの底を持ち上げる、灰色の生き物を目の端で見た。  母は呆然とするリッシュの手を取って、山道に逃げ込んだ。父の無事を確かめる余裕もなく、二人でひた走り、地鳴りから逃げた。  だがその逃亡劇もすぐに終わった。リッシュたちが走っていた足元に亀裂が走り、離れ離れになった。母は土砂崩れに巻き込まれて見えなくなった。リッシュ自身も倒木に逃げ場を塞がれ、土の奔流に飲まれるしかなかった。視界が閉ざされる直前の、ざらついた灰色のうねりが、いつまでも忘れられない。  のちに、あの村の生き残りはリッシュ一人だと聞かされた。父は爆発したバスの中で、母は生き埋めになって亡くなったらしい。村の施設はいずれも破壊されており、リッシュの家も例を免れなかった。  自問自答をやめたことはない。  答えが出ないから、やめることができない。  幼いリッシュはどうすれば両親を助けることができたというのだろう。あの時は、ひたすら怯えるだけの、ただの無力な子どもだった。  地鳴りと共に村にやってきた灰色の生き物。姿を見たのはたぶん、ほんの一部だ。全貌は知れず、されど鳴動する大地が底知れぬ存在を思わせる。あんな巨大な存在を前にしたら、誰だって立ち竦むか、逃げるしかない。     
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