1話

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 寝不足かという問いに答えればノー。鏡面に映る自分――プラチナブロンドの若い女の顔には、これといって不調の影がない。物思いにふけっていただけだ。しかし真面目に答える必要もない。相手の緩んだ口元を見ればわかる。 「ちょっと、夢を見ていました」 「十秒でか。早業だね」黒髪の女はフッと笑い、階数表示に目を向けた。もうすぐ三十四階に差し掛かる。「任務の方も早業と行きたいもんだ」 「ジャグラーを捕まえましょう。もう逃がすつもりはありません」 「東京からジャカルタ、アムステルダムの次はロンドン。鬼ごっこはこれっきりにしよう」 「ロンドン支部が素直に現場に入れてくれて良かったです。うちは幻影庁と懇意とは言えないので」  現場入りする際、ビルの入り口を固めていた警官たちに向けられた視線を思い出す。あの中には何も知らない表側のロンドン市警に混じって、裏側――幻影庁ロンドン支部の呪法師がいたはずだ。しかし見分けはすぐについた。  ジャグラーという呪法犯罪者を追ってきたリッシュとレパードが何者であるか、彼らは当然知っている。ヤードの警官たちはただ当惑していたのに対し、ロンドン支部の呪法師たちは冷ややかな反応を見せていた。縄張り意識は普遍的だ。ロンドン支部にしてみれば、管轄区域、しかも支部が本拠を構えるシティで外部組織に犯人逮捕を任せるのは不本意でしかないのだろう。 「仕方ないさ。こっちはこっちで仕事をするだけだ」     
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