PROLOGO

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 寝かされた寝台の周囲には、細い半透明の腕が這い回り、瀕死の体を手招きしていた。  異常なほど細く長い指を持つその腕は、ゆっくりとしなり、寝台の下の床から次々と生えて、寝床の周囲を覆いつくした。  飢えた者が幻覚の何かを求めるときのように、せわしなく空間を掴む。  時おり息を吐くような細い声が、手と手の間を抜けて行った。  アルフレード・チェーヴァは、仰向けに寝かされたまま、その光景を見ていた。  這い回る手は、押し合い圧し合いしながら、ついにはアルフレードの体に到達した。  百足のように群れをなして気味悪く体の輪郭を撫でる。  抵抗は出来なかった。  もう身体が動かないのだ。  声を発することすら出来ない。  先ほどまで聞こえていた、母や許嫁の声はとっくに聞こえず、うっすらと視界を照らしていた窓からの陽光も、もう見えない。  皮膚感覚も、先ほどから急激に抜けていき、半透明の手が顔を撫でても、もはや何の感触もなかった。  この状態が異常だと考える機能すら、脳の中の灯りがひとつひとつ消えるように停止していった。  意識から、自分の名前すら消えようとしていた。  安らかだった。  眠りに就くときに似ている。  このまま何かに委ねればいい。  半透明の手が身体を覆い尽くし、アルフレードは何重もの白い腕に覆われた。  
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