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「何でもない。その、黒い蟷螂が」
「蟷螂ですか?」
クリスティーナが不安げに周りを見回した。虫が苦手なのだ。
いや蜘蛛か、とアルフレードは思った。
ベルガモットは腕を組み、不機嫌そうに目を細めてアルフレードを見た。
「主を蟷螂扱いとは、大したもんだの。今すぐ頭からバリバリ食われたいか」
「……クリスティーナ、少し、待っていてくれるか」
アルフレードは、ベルガモットの手を引いて屋内に入った。
扉の開け放たれた小部屋の壁に隠れるように立つと、手を放した。
「許可も得ず主の手を引くとは無礼な」
ベルガモットは、両手の黒いレースの手袋をかけ直した。
「あの場で、来てくれと声を掛ける訳にもいかんだろう」
「来てくれ? 主に対する言葉は 、“ 恐れ入りますがこちらへお越しください ” だ」
「ああ、何であんな所に現れているんだ君は」
アルフレードは米噛みを抑えた。
「用があれば、呼ぶと言ったであろう」
来い、とベルガモットは言って、促すように手を振った。
アルフレードの都合など一切関係ないという様子だ。
「重要な用事なのか?」
アルフレードは腕を組み言った。
「なぜお前がそれを問題にする」
ベルガモットは言った。
「今、許嫁と会っている最中なんだが」
「それはわたしも気を使ったつもりだ」
ベルガモットは開け放たれた扉から、クリスティーナのいる方向を伺った。
「あの女と話してても、さぞかしつまらんだろうと思ってな」
わざわざ用事を作ってやった、とベルガモットは続けた。
「別につまらなくはない」
アルフレードは不愉快な表情で目を眇めた。
ほお、とベルガモットは言って、もう一度クリスティーナのいる方を見た。
「乳母に躾けられた言動だけをして、二言目には神様で全て済ます女は面白いか?」
「面白いも何も、女性というのはそういうものだろう。君も見習ってあのくらい男を立ててみたらどうだ」
ベルガモットは怪訝そうな表情で、アルフレードの顔をじっと見上げた。
「それは何の漫談だ」
「なぜ漫談に聞こえるんだ」
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