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「なるほど。お前も冗談を言うことがあるということか」
ベルガモットは見上げるのをやめ、黒髪をさらりと揺らした。
「センスは無いが、主を楽しませようとした心がけは誉めてつかわす」
皮肉を言っているのか、それとも本気でどこかずれているのか。
アルフレードは、呆然と絹糸のような黒髪を見下ろした。
「ほら、行くぞ」
ベルガモットは鎖を引く仕草をした。
「待て。クリスティーナにひとこと言うくらいの時間は取れないのか」
「仕方ないのう。早く行って、つまらないからさっさと帰れと言って来い」
「そんなこと言う訳がないだろう」
アルフレードは腕を組み、我儘な死の精霊を見下ろした。
ベルガモットに連れられて来たのは、暗い森のような場所だった。
月も星もない暗い空は、薄い雲がゆっくりと渦巻き、所々に漆黒の部分と薄墨色の部分のマーブル模様を作っていた。
辺りは静かで、音というものが存在しないのかと思うくらだ。
森というには木々や葉の香りはなく、土の匂いもない。
無臭の森というのは、ここまで違和感のあるものかと驚いた。
屋敷の中庭から、一瞬にしてこの世界に来た。
アルフレードにとっては、巨大な手品の仕掛けでも見せられているような気分だ。
「これは……どんな理屈でここに一瞬で入れるんだ」
アルフレードは周りを見回した。
声を発して始めて、音がきちんとある世界なのだと認識してホッとする。
「お前に、古の世界の成り立ちを言っても納得は出来んだろうし、粒子だの帯びた電子がどうだの言ってもどうせ分からんだろう」
「は?」
「いい。魔法か何かだと思っておけ」
ベルガモットは振り向きもせず言った。
「ここはどこだ」
アルフレードは言った。
「あの世とこの世の狭間だ」
「煉獄か?」
「好きなように呼んだらいい」
時おり木々が揺れるが風はない。
地上の自然現象を、何者かが上っ面だけ真似ているような妙な感じだ。
暖かくもなく寒くもない。
空が暗い割に、辺りを見渡すには支障のない明るさであったが、光源がどこなのかよく分からない。
前方に、巨大な城のシルエットが現れた。
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