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狭く暗い。あのビルが破棄されたのはずいぶん過去のことらしかった。本来何処かにつながっていたはずの非常階段は、長い周期で形を変える都界に洗われて、何処とも知れぬ場所へと続く亀裂になっていた。
蔦のようにどこからともなく伸びてくる配管。地下の地形をリアルタイムで観測するカメラ車がトコトコと走っている。
新津の足取りは、しかし迷いない。自身の周囲に存在する化学物質を、肉体を介することなく検知できる彼の能力は、来栖の二輪から流れ出したオゾン臭を嗅ぎ分けていた。
背中の少女の生命活動にも注意を向ける。今のところ手掛かりになりそうなものはこの謎の子供だけだ。場合によっては自分の安全より重視しなければならない。
生なき気配が強くなっている。自働群体の塊がなだれ込む音だ。
トンボ型のドローンが追ってくる。電気制御の高分子翼が震え、障害をすり抜けるように飛んできた。
顎の部分が開くと、安定翼弾を撃ち放つ。火薬と電磁力で加速した弾丸は、白い火炎をまとって放物線を描く。それを加速中のオゾンを検知することで避けた新津は、手首の動きと手の内の小円盤の回転力でセラミック片を打ち出し、ドローンの胴体をへし折る。
敵が多い。当然ではある。数で押すことを前提に設計された自働群体というシステムは、最低でも万単位の機械群をばらまくことで目標を圧殺する。わずかでも足が鈍れば、蟻に群がられた砂糖のように崩されてしまうだろう。
突破するには速度しかない。システム上、一定の面積に集中して運用されるため、その結界さえ脱出すれば時間は稼げる。無論言うは易しの典型なのだが。
超音波探測と感知能力を使いながら、予想される作戦範囲から出る最短経路を進む。壁になっている蟲を突き崩し、ドローン群を払い落す。流体のような膨大な群れは、そのつど増援を補給して穴を塞いでいく。
一本道に出た。シャッターに囲まれた商店街跡は、動物を擬人化した宣伝機械以外、動くものは無い。 距離から言って道を抜ければ範囲外に出る。都界は入り組んでいるが、平面面積は広いわけではない。
「う……うん」
少女が動いた。長く振動にさらされて血流が回復したのか。色素の感じられない、ほのかに赤い瞳をしばたかせる。
その動きに気を取られた刹那。新津の肩が撃ち抜かれる。
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