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「どうした」
隊長が新津に問う。
「空っぽです」
「何?」
「ケースの中は空っぽです!何も入っていない!」
新津が焦ったように叫ぶ。ケースに手も触れていない状態だが、隊長は新津の言動を疑わなかった。
「囮か」
「そんな!この規模の囮なんて!!」
新津の疑念ももっともであった。大規模な呪具の輸送が行われるとの情報は上から、政府直属の呪毒防護隊ゆえに政府からということだ。そして事実100人近い規模で不法人足が雇われ、自動群体も千単位で動いている。ちょっとした軍事行動並みのコストが囮に使われるなど、並大抵ではない。
隊長が線路の奥、カーブの稜線を見る。新津の反応が遅れた。
「伏せろ」
隊長が新津を押し倒した。バイクを逆さにして衝撃に備える。ごお、と圧縮された空気が圧の低い場所を求め渦を巻く。円柱を縦から半分にしたような先頭部が、安全速度を遥かに超過して走ってきた。
列車が浮き上がる。芋虫の前身の如く波打つと、車輪が枕木を噛んで砕いた。暴走した車両を制動する術は無い。氾濫した川のように一通り暴れ、強化プラスチック製の車体が微塵に弾け飛んでいく。幸い可燃物などは積んでいなかったのか、火が出る様子はない。
暴走に巻き込まれた不法人足の男は、まともに車体を喰らって消し飛んでいた。液状化した細胞は、検査にかけなければ人のものであったとは分からないだろう。
横倒しになった車体の影、線路の真ん中に、フレームの歪んだバイクが一つ。極端に軽量化された地下鉄専用車両とはいえ、自重の数百倍はあろうものを支えて原型をとどめる剛性。軍用の名に恥じない強度である。
新津が飛び起き、次いで隊長が立ち上がる。ほとんど無傷であった。
「新津。内部を調査する。二輪を持て」
「了解」
わずかにくの字に曲がったバイクを、ひょいと担ぐ。子供の三輪車を持つような気軽さである。
今や天井となったドアまでよじ登り、鍵を散弾銃で破壊する。貨物列車といっても、ただコンテナを積むだけの安物ではない。壁ごと開いて荷物を入れるタイプの、 多品種少量生産の製品を運ぶ際に使われるものである。
無理やりに壁を押し上げると、内部の有様があらわになった。
「これは」
「ほぼ全てレベル2だな。重大な違反だ」
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