犬のおまわりさん

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犬のおまわりさん

 時間が分からない。走る男の脳裏をちらちらと掻く不快感の出所であった。地下30mは過ぎているか。日も月も彼らを見放している。男には仲間がいる。と言っても名前も知らない、今回の案件のために集められた不法人足たちであるが。それでも男は頼りにしていた。いざとなれば盾にはなる。  わきに抱えた荷物が何なのか、男は知らない。しかしもし落とせば、都界の下水に巣食う毒鼠に噛まれた方がましな目に合うことは分かる。  天井を地下水を無断で採取する違法配管が走り、それを破棄しようとする公共工事機械と、それを妨害する戦闘ドローンが火花を散らしていた。  男は走る。改造保険によって置換された人工心肺は、十数kgの荷物を持って走り続けることを可能にしていた。ただ、それがおよそ20年の平均余命と引き換えであることを、男は知らない。  時間単位で蠕動(ぜんどう)し、その形を変え続ける都界の地下道。本来人が通るべきでないその道を、網膜に投射される地図アプリに従って走り抜ける。目標地点まであと4130m。10分もかからない。荷物を回収ポットに入れれば、毛細血管じみた配管を通ってどこかに運ばれ、証拠は残らない。男たちは地下道に迷い込んだ善良な市民に化けるというわけだ。  腰までくる電線ケーブル束を跳び越え、網膜に映し出される矢印を目がけて駆け抜ける。道を右に曲がった時、矢印が何かを貫通した。  アプリが狂ったのではに。狂ったのは現実の方。すなわち、矢印を遮ったのは、人の影であった。  犬の頭に似ていた。 鼻を通して直接気道につながるカテーテル。そこを通る空気を浄化する対呪毒防護面は、鼻の部分が高く盛り上がり、ちょうどイヌ科の動物の鼻面に似るのだ。防護面としてはかなり高級な部類で、主に軍用に供給される。  それを証明するように襟元に輝く三つの頭。それぞれが核・生物・化学を意味するその紀章は。 「呪毒防護隊だ!都界の狗が来たぞ!」  言い終える前に銃火が灯る。バイオ火薬で加速され、セラミックス製の3D造形小銃から放たれる徹甲弾は20cm厚のコンクリート壁を貫通する威力。  しかしその破壊力は直撃してこそのもの。灰色の防護服から甲高い笛のような音が流れ出る。銃弾は獣人の身体を避けるように飛び、背後の壁を穿った。違法配管からバイオエタノールが漏れ、炎を吹くかに見えたが、這いよってきた作業機械によって鎮火される。
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