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血や肉の腐敗した匂いらしい。
行き倒れたか、巨大生物に襲われたか、何かしらの事故に巻き込まれたか。
鼻をつく異臭に顔を背けたくなるが、操作レバーから手を離す訳にはいかない。
そんな過酷な状況の中でも、マーカーが設置した共用の休憩ポイントが点在しているのはありがたい。
狭い休憩ポイントだと一部屋しかないが、広い箇所だと三部屋もあった。
たまに巨大生物に破壊されているポイントもあったが、一時の休憩には問題なかった。
簡易的なテーブルや椅子、ベッド、トイレまである。
さすがにシャワーは浴びれないが、緊急時は備え付けの保存食を使ってもいい。
扉の設置された密閉空間なので、視覚と触覚でしか人間を捉えられない巨大生物に襲われる可能性はかなり抑えられる。
ケントとウォルシュが休んでいる間、組み立て椅子に座ったメメンプーは、電子マップを開いて周辺の地形情報を予習していた。
「なぁ、ガガンバ」
半透明の電子マップ越しに、メメンプーが上目遣いでこちらを見る。
「何だ?」
「その……ありがと」
頬を染めて俯くメメンプーの姿に、何のことかと一瞬考えてしまったが、どうやらマーカーになれたことのお礼らしい。
俺は作業ロボのメンテナンスをしていたので、アームの間接ケーブルに損傷がないか確認しながら尋ねる。
「お前は物好きだからな。小さな頃から冒険したい、冒険したいってうるさかったぞ」
「そうだっか。変わらないものだな」
頷く姿は遠い昔を懐かしむ老人のようだ。
早く九才児だということを思い出して欲しい。
「私は知りたいのだ。こんなに大きな洞窟に色んな街がある。地上に出れば何があるのか分からない。考えるだけでドキドキするではないか。ガガンバは気にならないのか?」
「ならねぇな。しかしあれだ。母さんのことはもう良いのか?」
「母さんのことも気になっているぞ。どんな人だったのだ?」
「優しくて、機械に強くて、賢かった。俺には勿体ない女だ」
「機械に強かったのか?」
「そうだな。好奇心も強かったし、お前そっくりだよ」
俺だって会いたくない訳じゃないが、今更会ったところで、どんな顔をすればいいのか分からない。
それに向こうにとっちゃ迷惑なだけかもしれない。
あいつに限ってメメンプーを拒否するなんてことはないだろうが……。
俺は口の端に咥えた電子煙草を指で挟み、水蒸気を吐き出す。
メメンプーは俺の心配なぞ他所に、元気いっぱいに立ち上がって作業ロボの後部座席に乗り込んだ。
出発の時間だ。
俺は壁から垂れた電力ケーブルを引き抜くと、メンテナンスと補給を切り上げ、仮眠をとるウォルシュたちを起こしに向かった。
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