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「その……宿のおじさんから聞いたぞ。ガガンバが二人分の電子墓地を買ったって」
「俺だってケントとウォルシュのことを弔っていない訳じゃない。気が合うやつらだったし、残念だと思っている。だがな、ヤツらが天国で今一番気にしてるのは、多分、お前のことだ。お前が泣いてないか、悲しい思いをしていないか、心配してると思うんだ。それなのに、父親の俺がめそめそしてたら怒られちまうだろ」
俺は少し力を入れてメメンプーの頭を撫でた。
メメンプーは嫌そうに顔をしかめていたが、払いのけようとはしない。
「電子墓地に行くか?」
「うん……」
その場所はここらじゃ一番高い電子墓地って話だったが――丘の中腹に先客のもの含めて数えきれない数の墓オブジェクトが立っていた。
風が吹いて草が飛ぶ中、墓地に刻まれた名前が一斉に淡く発光する。
その光景は、さすがにメメンプーもショックだったのだろう。
ピンインでは家から遠い場所に電子墓地があり、墓地自体見る機会もなかったし無理もない。
メメンプーはケントとウォルシュの名前が表示された電子墓地に手を合わせ、花束を置いた。
俺はケントとウォルシュが好きだった酒と煙草を置いてやった。
「ありがとう……ケント……ウォルシュ……」
メメンプーの涙が、電子墓に落ちた。
それからしばらくして、メメンプーは顔を上げた。
「ガガンバ、マーカーを辞めるのか?」
「お前を危険な目には合わせられない」
それだけ告げて踵を返したが、慌てるような声に引き留められる。
「待ってくれ!」
メメンプーは俺の目を見て言葉を続けた。
「私は……な。ただ悲しくて苛立っているのではないのだ。あんなことがあったのに、ケントたちが死んだのに……私も死ぬかもしれなかったのに……。まだ旅をしたいと思ってしまうのだ。おかしいだろう」
「おかしくないさ。それに苦しんでいる内はな」
メメンプーは目を細め、震える声で続けた。
「マーカーは辞めない。私はまだ……色んな場所を見てみたいのだ。ケントやウォルシュが見たかったものを……この目で見たいんだ!」
メメンプーの小さな手が、胸の上で固く握られていた。
恐い思いをしても、大切な人を失っても、それでもなお、好奇心を抑えられない。
信念を曲げない。
立派なマーカーの鏡じゃないか。
これ以上、危険な目に合わせたくはない気持ちもあるが、自分を見失わない言葉に、覚悟を感じて背中を押してやりたくなる。
何より、こうなったらテコでも動かないだろう。
俺は頭を掻き、盛大な溜め息を吐いた。
「そうか」
「止めないのか?」
「聞きゃあしないだろ?」
――と肩を竦めたところで、壁から身を出す女が視界に入った。
「感動のご対面のところ悪いんだけれど、そろそろ救出料、払ってもらってもいいかしら?」
「お前、つけて来たのかよ。子供の前でお金の話は……」
「ガガンバ、どういうことだ?」
一段と声のトーンが低い。
メメンプーには言いたくなかったが、状況が状況なだけに告白するしかない。
「この美人なお姉さんに助けてもらったんだよ。お手頃価格百万クレジットでな」
「お世辞言っても負けないから」
「そんな大金、うちにある訳ないだろ!」
「はぁ? ないの? ないのに助けろって言ったの?」
「いや、それはだな、今後用意するというか何というか……」
頭をトントンと指で叩くザクレットゥは見るからに不機嫌だ。
「あなたのマップ全部売ってきなさい。少しは借金返済の足しになるでしょう」
「おい、バカ言うな! マップってのはな、マーカーにとって命綱なんだよ!」
ザクレットゥの雷が落ちたのは言うまでもない。
しかも、それだけで見逃してはくれなかった。
何があってもきっちり百万クレジットを回収する為、俺たちの旅について行くと言い出したのだ。
しっかりしていて抜け目がない。
経験則から言わせてもらえば、女房にすると一番厄介なタイプだ。
涙がこみ上げてきて上を向くが、やはり空は見えず寂しい気持ちになるだけで、それどころか火事の火を消す為か、人工雨まで降ってきやがった。
あの占いの老人に、女難の相への対抗手段も教えてもらっておけばよかった。
人生ってもんは、後悔ばかりが積もっていく。
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