01 スレイブ・ドッグ

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「ふざけるな! ガガンバッ!」 「メメンプー! てめぇ! 親父に向かって何しやがるんだ!」 「ヘラヘラ笑ってするような話じゃないだろう! それでも父親か!」  確かに笑ながらするような話ではなかったかもしれないが、平手打ちすることもないだろう。  いちいち過剰に反応しやがって。  俺は小さく舌打ちし、腰に巻き付けている上着から電子煙草を取り出した。  日常茶飯事の反抗に、いちいち怒りをぶつけている訳にはいかない。  俺は埃臭い汚い空気を肺いっぱいに吸い込み、白い水蒸気を吐き出した。 「お前には苦労を掛けているし、悪いとは思ってるよ。でもよ、まさかあんなことで家を出て行くとは思わなくてよ……」  怒っているメメンプーの顔は、九歳だというのに、出て行った女房にそっくりだ。  目を逸らさずにはいられない。 「あんなことって、お酒やギャンブル、借金だろう? 母さんでなくても出ていくぞ! せっかく母さんのことを教えてくれると言うから真剣に聞いていたのに……」  俺は肩を竦めて抗議する。 「それじゃあ、お前、どんな理由があってこれまで俺が母親の話をしなかったと思ってたんだよ?」 「私はてっきりだな……」  唇を尖らせるメメンプーの姿に、何を考えているのか思い当たる。 「まさか、死んだとでも思ってたのかよ! ぶわはははははッ!」  後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。  腹を抱えたところで、暗い洞窟の中で再びパァンという破裂音が響いた。 「母さんに会いたい」 「はぁ?」 「だから、母さんに会いたいと言ったのだ。マーカーになるぞ!」 「いつも言ってるだろ。マーカーにはならない」 「ヤダヤダヤダ! ママに会いたいよぉ!」  口調が変わったと思ったら、遂には手足をばたつかせての全身を使った抗議が始まった。  こうなったが最後、相当な厄介ごとになるのを覚悟しなければならない。  メメンプーは賢いが故か、好奇心が旺盛で――いや、もはや旺盛の領域を超えている。  ギミックが細かい玩具を見つける度に、ショーケースの前で何時間も駄々をこね、精密機械を見つけると解体して仕組みを知りたがる。  俺は頭を抱え、待機中の作業ロボの腰から充電ケーブルを引き抜く。 「お前、母さんに会いたいんじゃなくて、マーカーになりたいだけだろ」 「そ、そんなことない! 私は母さんにも会いたいのだ!」  俺は痛む左頬をさすりながら立ち上がる。  せめて打つなら両頬に分散して欲しかった。 「ガガンバ! 何故、駄目なんだッ!」 「マーカーってのは危険な仕事なんだよ。俺たち一般市民にゃあ、安全なコロニーの採掘場で日銭を稼ぐワーカーがお似合いだ」 「確かにマーカーは危険かもしれない。確かにガガンバにはワーカーがお似合いかもしれない。だがな、マーカーは誰も見たことがない地上やコロニーを求めて未開のラビリンスをマッピングしていくのだぞ! 夢があってワクワクするだろう!」  PCグローブでマップをホログラム表示させたメメンプーはやけに前のめりだ。  尻をフリフリ突き出し、瞳を輝かせ、熱い口調で語る。  PCグローブはその名の通り、グローブだけでPCが使えるシロモノで、PC本体の機能は、グローブ内に組み込まれたマイクロチップが担っている。  俺たちがションベン垂れてたガキの頃には、マウス操作して、キーボード叩いてたってのに、今や空気中のパネルを操作したり、壁や机を叩くだけでキー操作ができるという訳だ。  便利な世の中になっちまったもんだぜ。 「マーカーには夢があるかぁ。ま、分からんでもねぇがよ。珍しい鉱山やコロニーの順路を記したマップは一生遊んで暮らせる額で売れるらしいからなぁ。あ、想像しただけでヨダレが……」 「金の話をしているのではない! まったく。ロマンがないな、ガガンバは!」 「へいへい、ロマンって何よ、栗のことかなぁ?」 「なんだか知らないが急に冷え込んできたぞ!」 「ほらほら、おしゃべりは終わりだ。楽しいお仕事の時間だぞー」
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