04 マイネームイズ・メローロ

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04 マイネームイズ・メローロ

 俺とメメンプーは急いで荷物をまとめると、集合場所に指示された喫茶店裏の路地でザクレットゥと合流した。 「さ、準備ができたなら行くわよ」 「本気でもう行くのか?」 「そりゃそうよ。追手がくるかもしれないから長居は出来ないでしょう?」 「さっき着いたばかりだってのに……とんだ災難だな」  俺はげんばりだが、隣のメメンプーは元気いっぱいだ。 「ザクレットゥが一緒なら安心だな!」 「ふふ、メメンプーは可愛いわね」  女同士、さっそく仲良くなりやがって。  ザクレットゥはマーカーらしいが、一般的なマーカーとは異なり、大型バイクで旅をしているらしい。  コロニーを一歩外に出ると、舗装された街中の道路とは違い、剥き出しの岩肌が広がっている。  そこで開発されたのが、削岩機能も搭載され、高低差がある道も難なく進める人型の自立歩行ロボット――作業ロボだ。  そんな洞窟内をバイク一本で探索しているなんて正気の沙汰とは思えない。  相当な操縦技術は当然として、マッピングも一人で行わなければならず、更にはメンテナンス技術や修理の知識も必要になってくる。  今はバイザーメットのバイザー部分にPC画面を映す技術もあるし、理論上は可能かもしれないが、わざわざそんなハンデを背負ってバイクで旅をするやつは、余程の変わり者か自殺願望者くらいだ。  男前な銃の腕前に格闘術、更には度胸まで男前とくれば、嫉妬に狂う野郎がいたって不思議じゃあない。  まぁ、俺のことなんだが。  メメンプーも懐いているし、マーカー経験者が旅に同行してくれるのはある意味で心強いのだが――心配がない訳ではない。 「お前、何でマフィアに命狙われてるんだ?」 「レディの秘密は聞かないものじゃなくて」  ――狙われている理由を教えてくれないのだ。  相手は金と状況次第では、人だって殺す反社会勢力だ。  ちょっとやそっとの理由で追われている訳ではないだろう。  厄介事に巻き込まれなければいいのだが……。  俺は溜め息を漏らしながら、街角のマップショップに入った。  マップショップはその名の通り、マーカーご用達のマップ専門店だ。  店内には高額なマップのサンプルがズラリと並んでいる。  ジョリー・ジョリーを出る前にマップを金に換えようって訳だ。  後ろからついてきたメメンプーは、やけに落ち着いた様子でマップを眺めている。 「あれ? 意外と落ち着いてんだな」  「あれも見たい」「これも見たい」と興奮し、暴れ回って面倒なことになると思っていたので拍子抜けだ。 「マップショップはピンインにもあったからな。週十回くらい通って慣れた」  週十回って毎日……どころじゃなくて毎日超えてるじゃねぇか。 「しかし、当然ながらラインナップが全然違うな。徐々に興奮してきたぞ!」 「お前、マップショップは行くなとあれほど言ってたのによぉ」  ま、言っても無駄だ。  俺はため息をついてカウンターの親父に話しかけた。 「ほら、メメンプー。初めての換金だぞ。ちゃんと見ておけ」 「おぉッ!」  駆け寄ってきたメメンプーを見て、カウンターの親父が目を丸くした。  面倒なことにならないよう説明はしておく。 「へへ、こいつ、こう見えてマーカーなんすよ」  親父は目を丸くしたまま、禿げ頭を叩いて嘆息した。  言いたいことがあるってツラだが、他人のお家事情にまでは口出ししないタイプらしい。特に口出しはしなかった。  面倒がなくていい。  換金は俺がやれば話も早いのだが、旅の途中で俺が死ぬ可能性や、ケガで動けなくなる可能性は十分ある。  バディであるメメンプーには、できる限りマーカーの仕事の全貌を把握しておいてもらいたいのだ。 「いいか、メメンプー。地図ってのはラビリンスを解き明かす為だけに存在するもんじゃない。経済への効果も大きいんだぞ」  数少ない親父が気取れるということもあり、俺は意気揚々と説明した。  ――が。 「ガガンバッ! それくらい知っているぞ! マーカーがマッピングした地図は、マップショップで買い取ってもらい、売ってもらうのだ。マップは同じ場所であっても、時期やマーカーの趣味趣向やクセによって価値に大きな差が出る。鉱石類について書かれたものはワーカーに人気だし、休憩スポットについて書かれたものはマーカーに人気だ」 「お、おう。よく知ってるじゃないか」  俺より詳しかった。  何となく予想はしていたけどさ。 「しかも官制局のシステムによって地図の複製は基本的に行えない。現実世界の物々交換のように、地図に有限性の概念を与え、希少性と価値を担保したのだ。これにより大きな経済効果が生まれたが、この発想は仮想通過のマイニングが……」 「そ、そうそう! その通り! 俺は知ってるからもう大丈夫だぞぉ!」  長くなりそうな話を止めた俺は、禿げ親父と向き合って換金の手続きを進めた。  いくらメメンプーの頭の中に知識はあったとしても、体験としては初めてのことだ。  地図が評価され、クレジットに換算される流れ一つ一つに目を輝かせていた。 「おぉッ! おぉぉおおおッ!!!」  メメンプーは興奮した様子で、ホログラムで表示されたテキストを読み進める。 ………………………………………………………………  地区   :ピンイン~ジョリージョリー        /X17540.Y14022.Z25529  範囲   :TCM4.65  通路情報 :B  鉱石情報 :E  その他  :D  貴重度  :A(巨大生物情報が含まれている為)   用途   :マーカー用  総合   :レアリティ【R】  クレジット:178,000 ……………………………………………………………… 「こんな額になるのか! ワーカーの時とは段違いだ!」  同意ボタンのタップと共にクレジットが振り込まれる。ちなみに振込先は俺のグローブPCだ。  心地よいコインサウンドと、増えていく残高を見ていると自然とニヤケてしまうが――何故かその残高がどんどん減っていった。 「あれ? 何で? おい、親父バグか何かじゃ……」  クレジット加算のサウンドが聞こえて隣を見ると、ザクレットゥがグローブPCを立ち上げていた。 「借金返済プログラムで収益の五十%が自動で移るようになってるの」 「はぁッ! さっき同意したあの電子契約書にそんなことは……!」 「はい、ここ。よく見て」  いちゃもんつけられるのは想定済なのだろう。  ザクレットゥから突き付けられた契約書には、しっかりと「同意とともに借金返済プログラムがインストールされる」旨が書かれていた。  小さく。アリんこみたいな字で。 「おい、こんなの……」  俺の言葉を遮るように、禿げ親父が感嘆の声を上げた。 「この地図は嬢ちゃんがマッピングしたのか?」 「あぁ、そうだ!」 「こりゃ驚いた。よく書けている。いい地図じゃないか」  メメンプーは嬉しそうな顔でモジモジしていた。  その顔を見ていたら何だかどうでもよくなってきた。  約束は約束だ、仕方がない。  ちなみにマーカーはそんなに儲からない。  売却額を見れば「儲かる」と思われがちだが、そう簡単にはいかない。  何故ならマーカーは次の目的地へ向かう地図を買う必要があるからだ。  安い地図で済ませることもできるだろうが、旅路の危険度に直結するので、そうそう安易な選択はできない。  更にザクレットゥ金融に五十%持っていかれることを考えればカツカツだ。  考えれば考えるほどため息しか出ない。  俺たちは手続きを済ませ、このコンビ初めてのマップショップを後にした。  コロニーの出入口へ直行だ。
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